1197 三四郎池

近代文学においてに一番の名文家は夏目漱石であるという。子供の頃から本好きで、二十歳過ぎには漱石の本は全て読んでいた。退屈な作家と思って半分義務感で読んだ気がする。しかし、誰もが漱石こそ名文家と言う。名文とは何か。漱石の文はどこが優れているのだろうか。

手元には漱石の本がなかった。こんな時はブック・オフである。ブック・オフに行くと、昭和47年発行の新品の集英社の『日本文学全集』があった。箱入りのりっぱな全集がわずか100円。文庫版や新書本は大抵中古品であるが、箱入りの全集はどこかの倉庫に眠っていたのか新品である場合が多い。豪華な本を割安で買えるので、ブックオフではなるべくそんな本を探して買うことにしている。

 

三四郎が東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴る間に、非常に多くの人が乗ったり降りたりするので驚いた。次に丸の内で驚いた。もっとも驚いたのは、どこまで行っても東京がなくならないということである。

 

極めて分かり易い文章である。しかも、100年前に書かれたとは思われない現代的な文章である。同時代の森鴎外や樋口一葉、あるいは大正、昭和の誰よりも現代的である。古色蒼然としたところが全くない。これより遙かに古くさい文章を書く現代作家はいくらでも居る。漱石が100年を経ても古びない感覚を持つ作家であることにまず驚く。

具体的な言葉を直線的に並べた簡潔な文である。しかし、情景が浮かんでくる。最後の『どこまで行っても東京がなくならないということである。』によって三四郎の心象風景をも描いている。叙事的な文を連ねて叙情を感じさせる。
伝えたいことが読み手に伝わる。わかり易い言葉で書かれた簡潔な文章こそ名文である。

日本には、例えば重々しく、あるいは難解な文章をありがたいとする習慣がある。分かり易くてはいけないのである。しかし、伝えたい事が読者に伝わらなければ、作家と読者の対話は始まらない。そんな本は作家に伝えたい事が無いのである。読むのは時間の無駄と言うべき本である。

また、難解な言葉を意味ありげに連ねた文、無駄な言葉を並べた冗長な文、甘い叙情的な言葉を連発する文などは作家の言語能力の欠如を示している。そんな本はブック・オフに持っていって、たとえ50円であっても売ったほうがよい。

 

119713.jpg (74942 バイト)

 

三四郎がじっとして池の面を見詰めていると、大きな木が、幾本となく水の底に映って、そのまた底に青い空が見える。三四郎はこの時電車よりも、東京よりも、日本よりも、遠くかつはるかな心持がした。しかししばらくすると、その心持ちのうちに薄雲のような淋しさが一面に広がって来た。そうして、野々宮君の穴倉にはいって、たった一人で座っているかと思われるほどの寂寞を覚えた。熊本の高等学校にいる時分もこれより静かな竜田山に上がったり、月見草ばかり生えている運動場に寝たりして、まったく世の中を忘れた気になったことは幾度となくある。けれどもこの孤独の感じはいま始めて起こった。
 活動の激しい東京を見たためだろうか。あるいは−この時三四郎は赤くなった。汽車で乗り合わせた女のことを思いだしたからである。−現実世界は自分にはどうも必要である。

 

119710.jpg (70625 バイト)

 

三四郎は花から眼を放した。見ると野々宮君が石橋の向こうに長く立っている。「君はまだいたんですか」と言う。三四郎は答えをする前に、立ってのそのそ歩いて行った。石橋の上まで来て「ええ」と言った。何となく間が抜けている。けれども野々宮君は、少しも驚かない。「涼しいですか」と聞いた。三四郎はまた「ええ」と言った。

 

『三四郎』は明治41年(1908)に朝日新聞に連載された青春小説である。漱石は簡潔明瞭な文章の優れた作家であったが、彼の人生は簡潔明瞭ではなかった。人生とは何か、生き方を探し続け、苦悩のうちに一生を終えている。しかし、漱石が簡潔明瞭な『テレサ・テン式』人生観=男は騙し、女は騙される−の持ち主であったなら『三四郎』は書かれなかったであろう。そして『草枕』も『我が輩は猫である』も『明暗』も書かなれなかったであろう。

漱石は慶應3年(1867)に東京で生まれた。同じ年に正岡子規も生まれている。二人は大学予備門(東京大学の前身)で出会って友人となり、その熱い友情は終生変わることはなかった。二人は何よりも書くことが好きであった。一人は俳句の改革者に、ひとりは今なお日本を代表する作家となった。

 

119702.jpg (47746 バイト)

 

三四郎池は、加賀百万石、前田藩の江戸屋敷跡に建つ東京大学構内にあります。出入り自由で、散歩の人で賑わっています。学生時代に3,4度東大に来たことがあり、三四郎池を見たのは2度目。こんなに深い森に囲まれてたかと驚きました。人間の記憶はあやふやです。学生時代に来たときは晩ご飯はどこでと悩み、正門で東大生が出てくるのを待って、あとに就いていって定食屋でみんなに習って『にしん定食』を食べたことはしっかり想い出しました。

Wb00955_.gif (255 バイト) Home