1363 ラオスの旅V(33)ジャ−ル平原:サイト2

 

途中で寄り道をしましたが、ジャ−ル平原石の壺サイト2へは赤土の道を走ります。

 

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車の窓から見た風景です。どこにも水があるにの・・・、乾いた土地もいっぱいある。の不思議な田園風景です。

 

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しかし、ほんとにラオスは人が少ないなぁ〜などと思いながらの20分でサイト2に到着しました。サイト1と同じような事務所の建物があって料金を払い。
サイト2は二つの丘に分かれています。右の方から行こうか!


136323.jpg (49271 バイト) 丘の麓の道端です。日本のアカマツによく似た松が生えていました。アカマツが生えるようでは、やはりこの辺りは痩せ地なんでしょう。

そして、松の木の下にはシダ。こりゃ松茸が生えるジっ!と、思ったらシェンクワン県は松茸が採れるそうです。

町の市場を血眼で探しましたが姿なし。聞いたら松茸の季節は6月だそうです。今は8月、残念〜。

その後、首都ビエンチャンに帰ってビエンチャンで一番上品なレストラン「クオ・ラ−オ」に行ってみると、メニュ−に松茸が載っていました。太めの松茸が大皿に15本くらい。時価、値段不明。

「あの松茸お願います」
「お客様、今日はお出しできません」
「ああ よかった」

abeさん早く行きましょ!

 

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割と急な丘を登っていくと、見晴らしがいい尾根にそれはゴロゴロ立っていました。

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なかなか見晴らしがいい場所で、所々に農家や水田が見え、安らぎと寂しいの真ん中あたりの、ゆるやかな風景が拡がっています。

朝から晴れたり曇ったりと不安な空模様でしたが、とうとう小雨が降ってきて、二人で小さな木の下で雨宿り。


136319.jpg (42782 バイト) こちらがガイドしてくれたベトナム国境近くの村で生まれた、モン族の青年、男前のヤンシェン君25歳です。

「モン語と英語がしゃべれるのはジェンクワンでは僕だけすっ!」と威張ってました。

夢は
「まずはお金を貯め、パソコンを買って、それで自分の歌のCDを作り、歌手になり、お金持ちなるっ!」
んだそうです。

現代青年で、スマ−トなとこもあり、物知りで、モン族の事やベトナム戦争のことも、尋ねるとよく教えてくれました。

しかし、その携帯、ものすごい音がするね!
中古です。

しばらくすると雨も止み、丘を降って、もっと急な木が茂った第二の丘へ向かいます。

 

 

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やはり見晴らしがいい場所に壺は立っていました。そして、これがジャ−ル平原で一番背が高い壺、3m近くありました。

だんだん分かってきました。この謎の壺は、サイト1でもサイト2でも見晴らしがいい場所にある。たぶん死者を祀った壺。そして、壺がかたまってある場所は古墳のようなものに違いありません。

ヤンシェン君、この壺があるのはジャ−ルだけ?。数がまとまってあるのはサイト1,2,3のジャ−ル平原だけ。あとポツポツあるくらいで、タイの北部にも少しあるそうです。なるほど、ジャ−ルからの壺文化が伝わった地域も少しはあったんだなぁ。


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の時、別の道から人声がして外人部隊観光隊が現れました。ハロ−。その後方に、なかなかできそうな日本人青年、横山君がいました。「おっ〜」「 お〜 」 こんな所で日本人とすれ違うとは!その、できる男の横山君の紹介は次回にして、サイト2の紹介を終わります。

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そして、2007年12月、テレビの「世界不思議発見」を見ていたら衝撃の事実が

 

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ラオスから2千キロは離れた、インドネシアのセラウェシ島の東海岸に同じ壺があるそうです!セラウェシ島は行ったことがあります。

そのセラウェシ島のど真ん中のタナ・トラジャには、かつては海洋民族だったかもしれん、トラジャ人が舟型の家を建てて暮らしています。

というように、国際化は昔の方がずっと盛んだったかもしれません。その昔、ジャ−ルの人達がセラウェシ島に到着し、石の壺を造ったのかもしれません。
また、セラウェシ島にでも行ってみるかの衝撃の番組でした。