1386 バングラデシュへ

ふと振り返ると、この十年は、ボルネオ島が最初で、それからはあれやこれやで東南アジアの貧乏な途上国の、そのまた田舎ばっかりに行ってることに気がつきました。「熱帯雨林が似合う」人と隣近所でも評判に。(-.-;)y-~~~

わたし的には一度行ったイタリアが心地よく違和感もなく
「イタリアが似合う人になれる」と思っていますが、子供達からも 「違うんじゃない?」 と控えめに否定されています (-.-;)y-~~~

いつも切符を頼む福岡の旅行社の藤崎さんには
「フランス?似合いません。パリ行きの切符は売れません。が、アイルランドがいいですよ〜 ダブリン行き切符ならすぐ売ります」とすすめられています。

ダブリンに泊まり、それから海辺を車で走り、小さな街を見て歩く。それも、ええなぁ〜 体力が残っているうちに行こう!と、思ってるだけで未だ行けてません。


車と携帯電話

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ラオスにて

山奥はともかく、今まで訪問した貧乏な国の、小さな町ても、普段使ってるような日用品は大抵売ってました。そんな消費生活はどこでも一緒、世界は狭いと思うのですが、
「もし途上国に車と携帯が無ければ」
と思うことがあります。

「車と携帯があるから何とか世界についてきてるじゃないか!」。確かにその通り。が、そうかなぁ〜?

車は便利な交通手段です。中古の車でも買ってきて、例えばバス会社をおこし人と荷物を運ぶ。電話線がなくても携帯があるから大丈夫。が、途上国です。

もし車が無い時代だったら・・・・昔のように、線路をひいて汽車を走らせる。

明治のはじめの頃の日本もそうでした。線路を敷設しながら、その間にも、鉄を作る、自転車を作る、バイクを作る、そして最後に車を作る産業が興り、いつの間にか先進国になったような気がします。線路は国の隅々まで効率よく人と物を運ぶ手段、体の中を走る血管のようなもの。日々の生活を支え、産業を興した。それがあったから先進国になれたのではないでしょうか。

携帯も一緒。携帯がない時代には、柱を立て、柱を立てる道路も整備しながら国の隅々まで電話線が牽かれていく。張り巡らせた道路や電話線はやはり血管のようなもの。

国の隅々まで何かを張り巡らす間に自然とインフラが整備され人々の暮らしがだんだん豊かになった。が、先進国、日本ではないでしょうか。
未だ産業革命がおこった直後の、車も携帯もない時代に、近代化のスタ−トが切れた日本は幸せだったのかもしれません。

携帯や車を外国から買ってきて、それが簡単で便利で進でいる途上国では、きっと、自前で携帯も車も作る国にはなれない。回り道でも一段ずつ階段を上がる方が結局は良い道と思うのです。

車と携帯でもいいけど、しかしなぁ〜と考える途上国の旅です。

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バングラデシュにて

 

よしっ 突然バングラデシュに行ってみようっ!

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バングラデシュはどこかな? は行ったことがある場所です。しかし、ほんとに『東南アジアの人』になっています。バングラデシュは・・・インドの隣 小さな国です。

 

bmap.gif (2867 バイト) 周りはインドに囲まれ、ミャンマ−(ビルマ)も隣。ミャンマ−はタイと比べても意外と大きな国ですね。

戦後にインドから独立して東パキスタンになって、1971にパキスタンから独立してバングラデシュになり。広さは日本の4割くらいで、人口は1億4千万で、ベンガル語で・・・

行ってしまえば何とかなる。準備完了。 

 

よっしや ダッカへはバンコク経由で楽勝。と、思って時刻表を調べると、タイ航空の バンコク−ダッカ は週にたったの4便。

あの忘れられた国ラオスでも、バンコク−ビエンチャンが毎日2便で、バンコク−ルアンプラバンも2便で、パクセ便もあるし・・・・バングラデシュは行く人も少ないのか〜。と、安心していたら、

お正月に 「切符早く買わないと席が無くなります。どうするですか?」と藤崎さんから連絡があり、切符だけは予約。その後、特に準備もしないうちに、あっという間に出発の2月13日がやってきました。

その前日 「明日はいつもの新幹線で」と、思っていたら、12日夜に急に雪が降り出し、明日は新幹線止まるかも〜になり慌てて12日の夜新幹線に乗って福岡23時着、そのままお泊まり。

2月13日は福岡も雪が散らちらでしたが、バンコク行きTG649便は予定の時刻に出発、いつものバンコク・スワナプ−ム国際空港に15:20分に着きました。

が、バングラデシュ行きの飛行機は明日の朝。空港を出ると もわ〜っ と 28度の夏モ−ドでやすらぎます。


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交通渋滞が普通のバンコクで、朝の便なので、空港前にはこれしかないのフランス系ホテル、Novtel 空港ホテルにお泊まり。4階まで吹き抜けのロビ−もおしゃれ。食事は食べ切れません。広すぎて部屋はこっちだったか?のもったいない豪華ホテルの夜は更けていくのでした。

そして、14日朝、目の前の空港へ。いよいよ10:40発ダッカ行きTG321便です。飛行機は藤崎さんの言った通り満席。なるほど〜 バングラに思いつきでフラフラ行く人ほとんど無し。用がある人だけ。なので席は確実に埋まる。「分かってないなぁ」藤崎さんに怒られました。藤崎さんは僻地国にも強い、できる旅行社マンです。僻地に行かれる方がありましたら紹介します。

で飛行機は好きなA300-600型でした。15分遅れで離陸、すぐに、好きでない やっぱりカレ−味かぁ〜のお昼が出て。(バングラデシュはカレ−味の国です)



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飛行機はミャンマ−を横切って、ミャンマ−の海沿いをダッカを目指し北西に飛んでいきます。右の窓から見るミャンマ−は、ゆるかに連なる山また山。『ビルマの竪琴』の水島上等兵はここを彷徨ったのか〜 ミャンマ−は山が多い。


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やがてミャンマ−からバングラデシュへ。海岸線は、どこが海岸線?くらい入り組んでいます。

 

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バングラデシュは国全体がヒマラヤ流れ出るガンジス川ほかの大河の河口。
海辺は大湿地のようなもので、当然川の水は泥色です。

 


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初めての国で興味津々。ひょとしたら『スイッチをお切り下さい』のアナウンスが過ぎてからも写真を撮っていたかもしれません。

ここらは首都ダッカまであと3分の辺りです。乾期でも水っぽい風景。レンガ色の楕円形4個は巨大なレンガ工場で、写っていました!この写真を見てレンガ工場に気がつきました。、やはり写真は数を撮っておくもんです。


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ZIA国際空港まで45秒のダッカ郊外の風景です。ラオスのビエンチャンより10倍・・・100倍は都会のようです。

 

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12時10分、バンコクから2時間半、無事着陸。ダッカ空港と言えば「日本赤軍事件」で有名ですが、それは古い空港、ここは新しいZIA国際空港です。

やはり飛行機の数も少なく・・・あれっ?何でサウジアラビアの飛行機が? バングラは人がいっぱいの国。働き場所もあまりないので、たくさんの人が 「中東へ出稼ぎに」 ということのようです。

空港建物は天井が低くてやや薄暗く、こりゃ胡散臭い飛行場だ なの予感が。
(今まで行った空港で、胡散臭かった空港第1位はインドネシアのジャカルタ、第二位マニラ・・・胡散臭い空港には自信があります。)
で、外国人列は15人くらい。素早く入国のはずがやはり予感は当たり。

前に並んだあの人もどの人も次々と、「ここ書き込んでないね」 「ここが変」 と指摘され。もうそこで書くな〜書き直して一番後ろに並べっ! 一字くらい違っていてもええじゃん? 生まれたとこなので赤ん坊のビザはありませんけど。の事態続出。 隣の列も似たようなもので進んでないっ!

その時管理官は「並んだ順番で一人ずつネ」とんびりと一休み。コンピュ−タないの? 無し。手書き・・・・その間にもお迎えの運転手らしき人が勝手に入ってきて 「まだ?時間かかる?あそこに車止めて待ってますから〜」 ええ〜それもありか〜 。
何でもええから早く手続き進めろ〜 ・ま、ありがちな事ですが。

いよいよ順番が来ました。お待ちしていました〜 日本人?はい。良い旅を。40秒で終わりました。バングラへしっかり援助してきた日本人は歓迎のようです。しかし、もう1時半に。外に出ると

『遅かったですね お待ちしてました」


バングラで奮闘している海外青年協力隊の日本人青年、A君が待っていました。
今回はA君の案内で全てお任せの旅。これからは安心です。あとは全部任せた。


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「飛行機はそんなに飛んでないのに偉く出迎えの人が多いね!」「みんなする事がなくて暇。空港に来る人を眺めてるんです。なるほど 100%納得です。


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しかし、カラフルな国です。ということで2月14日無事バングラデシュの首都ダッカに到着しました。

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