1590 また来たラオスの旅(20)これからのラオス

 

バンコク発の快速列車で、北部タイの国境町、ノンカイへやってきた。ノンカイは5本の街路に面してこぎれいな家々が並んでいるごくありふれた町だが、渡船でメコン川一つ渡るとラオスのビエンチャン、ビエンチャンはありふれてはいないけれど、けしからん町であった。
娼家のほうがホテルよりきれいだし、マリファナの方が煙草よりより安い。冷たいビ−ルを一杯飲もうと思ったら大変だが、阿片なら簡単に手に入る。・・・阿片だらけのビエンチャンで深夜やっとビ−ルにありついて、ええとここはどこだっけなどと考えながら朦朧と座っててごらんなさい。そのうち眼が闇になれて、やっと、ウエイトレスが裸であることに気づく。

メコンの流域に広がる高原の国ラオスは、侵略を受けてもはや荒廃し切っていた。アメリカはずいぶん意味のない金をつぎこんで、まさかの冗談のつもりであるまいが、冗談としたらまことに高価な冗談である。何ひとつ生産できず、全てを輸入に頼り、これを以て国を立てるというころは全くない。それでいて万事フランス気取りの、フランス風が大好きという不可解な国だ。とにもかくにもラオスが国として存在していることが驚きであって・・・』

−ポ−ル−・セル−(阿川弘之訳) 「鉄道大バザ−ル−The Great Railway Bazar」 1975−より−

ポ−ル−・セル−は1941年生まれの英文学者で、作家で、大の鉄道ファン。20代にはシンガポ−ルにも住んでいたアジア通。

鉄道大バザ−ルはロンドンでパリ行きの汽車に乗り、その後4ヶ月かけてアラブ、インド、アジア・・・とユ−ラシア大陸を周遊して最後はシベリア鉄道でロンドンに戻るという汽車の旅の旅行記です(日本では新幹線や東北本線などに乗っています)。

セル−がラオスに来たのはベトナム戦争末期。ラオスの後はマレ−半島を巡り、ベトナムのサイゴンにも行き、砲弾飛交う中を命がけでベトナム鉄道に乗るという変な奴です。

ベトナム戦争末期の1970年代初めのビエンチャンは、酒、女、麻薬の相当荒廃していた町。そして、ベトナム戦争終結後は東西冷戦のあおりをくって、隣のカンボジア同様、長くて激しい内戦が続きたくさんんの国民が死ぬ・・・ラオスは相当辛い国であったようです。

 

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セル−がウロウロしたのはこの辺りかもしれませんが、そんな雰囲気はなし。外国人旅行者がやってくる小ぎれいな街並みになっています。

わたしがラオスを初めて見たのは2000年、タイ旅行のついでに寄った、タイ、ミャンマ−、そして、ラオスが接するかつては悪の巣窟と名高かったメコン川の『ゴ−ルデン・トライアングル』クル−ズ観光の時。15分だけラオスに上陸しました。

その後、何の因果か2005年からラオスに来ることになり、今回で4度目。人生何が起こるかしれません。そして、セル−の時代と比較しようもありませんが、たった4年の間にもビエンチャンは、来るたびに、例えば車の数がが2.3倍になってる!!!。という感じで、どんどん変わってきました。

2005年の頃はこうだったのに

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4年後はこんな感じに

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雨が降るとこんな風に赤土色になった道もきれいに

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晩ご飯を食べに通って、何回か足をつっこんだ穴も消滅し、安全な道に、

 

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山口には無いぞ!の無線LAN装備のおしゃれなカフェも出現し

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面白国営デパ−ト『タラ−ト・サオ』も近代的ショピング・センタ−に変身。緑の三角屋根の建物も壊されて、同じく近代的ビルになるようで

 

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それでも、タラ−ト・サオの前の竹籠屋さんは健在で・・・店番のおばちゃんはどこへ行った?も同じで

 

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若者のバイク姿はベトナムのホ−チミンに追いついたし

 

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えっ 何の工事?? 朝な夕なに眺めたメコン川の岸辺は工事中

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公園風敷石歩道になるそうで、『メコン川ってええなぁ〜』のこんな野生的風景も消えさろうとしていました。

 

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相変わらずなのは、10回くらいは泊まったラ−ンサ−ン・ホテル

 

 

たった四度の旅でラオスの何が分かると問いつめられても困りますが、・・・・忘れられた国ラオスはこれからどうなるんでしょうか?

『だが、今では朝東京を発てばその日のうちにパリに着いてしまう。無事到着したよと電話して、それで終わりである。何か用事があったとしても、気安く電話をかけられることになれば、距離感はそれだけ希薄になる。まして、海外旅行がそれほど珍しい事でなくなった今日では、よほど特別な土地を訪れるのではないかぎり異国の風物を丹念に紹介したり、名所旧蹟を語ったりする旅の手紙はむしろ少なくなっているのではないだろうか。
それは単に文字が音声にとってかわったというだけではない。文章は綴るということは、過去の体験の反省であり、自己自身との対話である。印象はただの印象だけにとどまらず、精神を通過することによってひとつの明確なかたちをあたえられる』−高階秀爾−

というようなたいそうな物ではないけれど、一回目のラオスの旅から読み返してみると、わたし的にはそれなりに面白い日記であるようで・・・・では、最後に、ビエンチャンの来て最初に訪れた、ワット・ハ−イソクのインド菩提樹の下で集う仏様達を載せて、メコン川を遡り、国境を越えて中国への旅もしてみたいなぁの希望を抱きつつ、ラオスからの報告を終わります。ご愛読ありがとございました。

 

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