1677 ちょっとカンボジアの旅(6)バンテアイ・クディ

 

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アンコ−ル・トムから東へ約3キロに、かつては王の沐浴場として使われた「スランスラン」という大きな湖があり、振り返ると・・・「バンテアイ・クディ」の入り口前の広場です。

 

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「バンテアイ・クディ」は王宮の都市アンコ−ル・トムと同じ頃に仏教寺院として建設され、その後ヒンドゥ−教の寺院に。ここは、内戦がやっと終わった頃から上智大学が発掘調査すすめ、今も調査すすめながら、カンボジアの若者に調査と保存の教育をして、「カンボジアの事はカンボジア人で決め実行する」主義で人材を育てています。日本とは関係が深い遺跡です。地道に活動を続けてきた上智大学は偉い!

押すな押すなのアンコ−ル・トムやアンコ−ル・ワットに比べると 人影もほどほど。しみじみ感じが漂ってくる「バンテアイ・クディ」。私が一番好きな遺跡です。 なお、幹が白く真っ直ぐな木はフタバガキ、この辺りはこの木が多く、そこらも気に入ってます。

 

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東の入り口、東塔門から入ると、ナ−ガやガル−ダのヒンドゥ−の神々が並ぶテラスがあり、広々した空間に生えてる大きな木々も美しく(アンコ−ル遺跡はどこも緑に囲まれていますが)・・・

 

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境内の左右には乾期で水がない大きなお堀があり・・・・・そこから賑やかな声が


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「採れる〜?」 「ぼちぼち〜!」 小エビを採っていました。カンボジアの水辺は獲物だらけ、豊壌の地です。


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アンコ−ルの建物は砂岩を積み重ねて造られたものが多く、1000年近く経つ間に、石が落ち、柱は傾き、天井は落ち・・・「バンテアイ・クディ」 も木や鉄製の柱で支えてはありますが倒れそうで危険。そのうちこの回廊も立ち入り禁止になるかもしれません。

 

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どこの遺跡にもありますが回廊に置かれた、「ヨニ」。穴の上には先端が丸くなった石の円柱=リンガが立っていたはずです。                ↓ 資料映像

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リンガ=男性生殖器=実はシヴァ神を表したものであり、下のヨニは女性生殖器であり・・・・・・リンガに水を注ぎ、ヨニの先端から流れ出る水は、聖なる水として信者に授けられます。なかなか子供に説明するのは照れる造形物ではあります。が、
子孫が増え、家が栄え、国が栄えるのは素朴かつ根元的な願いであり、宗教とも矛盾することなく。タイの赤族の村ではそのものズバリの像が集落の入り口に飾ってありました。日本でも希にありますね〜。

日本でも お釈迦さまの誕生を祝う「花祭り=灌仏会(かんぶつえ)」をします。お釈迦様の像に注ぐのは甘茶ですが、それは「甘露」のことであり、甘露はインドの神々の飲料で、これを飲めば不老不死になるという、妙薬とされたものであります。仏教もヒンドゥ−教もインド神話から生まれたもので 花祭りとリンガ+ヨニとは似てませんか!

日本人は宗教は清らかなるものという固定観念が染みこんでいるので これを猥褻と思う人が多いでしょうが・・・それは日本が宗教発祥の地からあまりにも遠い辺境の地で、途中で変形して、本物とはだいぶ違っていることに気がつかないためであり・・・というような事が身をもって感じられる。やはり旅は大切です。

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崩れ落ちそうなった経堂や祠堂を通り抜ける、巨大なスポアンの木。3年前には枝に大きな蜜蜂の巣が下がっていましたが、無くなっていました。

 


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三度目のバンテアイ・クディ、入った東塔門に戻っていましたが、今回は西塔門に抜けてみました。塔門の観音菩薩さまはよいお顔をされておりました。

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門を出ると南北に延びるレンガ塀がそのまま残っており、知らなかったなぁ。なかなか良い雰囲気です。よし!このカンボジア色の道を歩いてタ・プロ−ムへ行ってみよう。

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