○教育改革はこのようなことでは絶対ほんとのものはできない。教職員の心を傷つけて信頼関係を崩すことは必至です。何でこんなことしか考えられないでしょう。教職員の力量や意欲をほんとに高める方法を考えるべきでしょう。
○そもそも人間形成において一番重要な教育という現場に、先生個人の勤務評価を持ち込むこと自体あってはならないことと思われる。教育は個人の枠を越え、教職員相互の支えがあって初めて成り立つものと考えられる。その成果を個人の成果と考えて評価することは不適切である。教員の資質向上を図るのなら、採用した委員会が責任を持って実施すべきで、現場の管理職に押しつけるやり方、それもボーナスのランク付けというやり方は実施すべきではない。委員会は現場に対して他にもっとやらなければならない事があるはずだ。
○努力に対する評価の基準も、制度の趣旨そのものも現場教職員や多くの県民に支持されないまま、ただ強行ありき…では、戦前の教育支配の思想そのものであり、「教育の自殺行為」と思います。
制度の凍結と、県民的討議を求めます。
○教育職場等非生産性職種において、今回のような選別をすることは大変無理がある。教職員が地域と一体となって頑張って下さい。
○教育の危機を打開するために奮闘されていることに敬意を表明します。県民参加の「土佐の教育改革」を正しく前進させるためにも、この問題の解決を誤ってはなりません。みなさんの「県民論議をふまえた慎重な対応」「性急な実施を見送ることが道理」という節度ある提案に賛成です。ねばり強く努力していきましょう。
○人が人を評価することは大変難しいことです。一方各先生方の努力と成果について適正な評価が行われ、その評価を現場に生かすことも必要なことです。私は評価にあたっては全て公開のもとに行われる必要があると思います。どのような評価が何を基準として行われ、その結果をどう生かしたのか、評価される者も評価する者も、そして学校に関わる全ての人がその内容を知る権利があるのではないでしょうか。プライバシーの保護もあり、どのようなシステムを作ればよいか、ゆっくり関係者で論議を重ねるべきです。
○成績率を導入する目的が納得できません。なぜなら教育(子育て)とは6ヶ月できちんと計算又結果の出せることではないからです。私の感じた例ですが、あまりパッとしない先生(失礼!!)が、2人3人と輪を組むことによってその先生の良さが輝いたのです。学校ぐるみの取り組みとして評価すべきだと思います。
又学校長による客観的な評価が望めるでしょうか。間に入って苦慮されるのではないでしょうか。以上、このような取り組みは、もっと早くすべきだったと思います。
○成績率導入には賛成…@
校長による教職員評価には反対…A
理由@→「努力」は報われるべきである。ただし正しい評価が絶対条件!
理由A→「文部省→教育委員会→校長→教職員」という悪しき上意下達体制の確立につながる。
展望@→校長・教職員を生徒・父兄が評価し、複数年度の平均点で成績率を出す。
展望A→どうしてもやるのであれば、「評価項目と結果」を開示させるべきである。
成績率導入をするのであれば、公務員全てを対象にするべきであり、評価するのは国民であるべき!主権者は国民なのです。
○なぜこのようなことをするのか腹立たしい思いです。高橋ゆい先生が書かれた姿勢に敬意を表します。先生方どうか団結し、スクラムを組んで脱落者を出さないよう頑張って下さい。
○学校とは何ですか。こんなこと許すわけにはいきません。土佐の教育を守るために、何としても止めさせなくてはなりません。
○これからの教育現場がどんなになるか、子どもの教育を考えるとき恐ろしくなります。このことは決して許してはならないと思います。
○このようなやり方は教育の場に最もなじまず、教育とは≠フ原点が問われる問題だと思います。
○こんなことをして、これから先、教育現場はどうなるだろうかと不安を覚えます。
目に見えない苦労、目に見えない努力あってこその教育です。校長一人がそれを評価できると考えるのは、あまりにも尊大すぎます。知事に何日か教育現場体験をしていただいてはいかがでしょうか。是非、教組として提言してみて下さい。
○人の幸せとは「いろんな人と仲良く暮らせること」と思う私は、こんなに殺伐とした冷たい人間関係を教育の名の下に作り上げようとする人の文化程度、その人々の教育とは何だったのかと、むしろ同情してしまいます。人間らしさこそ最高の財産です。
まけてはいられません。野蛮の復活は!!
○教師にも一長一短ありて、この人だけが学校経営に有益で、他の人は無用とか役に立たぬとかの発想が愚かである。そのような教師観は、子どもに対しても同様の考え方で向き合うことになる。
○子どもたちのためにもガンバッて下さい。
教育改革を唱える県教委の施策は、教師を行政に忠実な教師に改造することばかりである。教師の自由な発想と研究をこそ保障すべきである。
第2の勤評は即時中止すべきである。
○学校長は同僚教職員が教育力を高め優れた教職員になるために援助、協力、時には指導する任務をもっている。1割くらいの教職員しか育てることができない校長は指導者失格というべきです。また、すぐれた教職員から1割の高給取りを作り出す校長は差別者です。県教委は失格校長や差別者校長をつくるべきではなく、あえてそれをやろうとする行政者は失格者だと言うべきです。
○中土佐町教育相談員、久礼中学校心の教室相談員をしております。先日、急に学校長が亡くなりました。教職員は一層協力し一週間後の体育祭を成功させました。その様子を見るにつけても、この方々に賞与格差をつけるなどもっての外のことだと思います。校長が良心的であろうとすればするほどストレスがたまり血圧も上昇することでしょう。県民のみなさんの話題になります様に願っています。
○差別教育の元凶である。こういう方法で「土佐の教育改革」を推進させようとする橋本知事の行政感覚は最低である。教員の教育意欲を減退させ、良心的な管理職の管理意欲も減退させるものでしかない。即刻、勤勉手当への「成績率」導入は取りやめるべし。
○教育改革を進めていく上でも教職員がお互いに信頼し合い、それぞれの持ち味やパワーを発揮しての協力・共同の取り組みが特に大切になっている今、何ということでしょう! 差別賃金導入とは! これは教職員間に差別を持ち込み、子ども、そして保護者の不信感につながる、まさに教育破壊以外の何ものでもありません。心から怒りを感じています。幅広い力を集めて実施を断念させましょう。
○私たちはかって「勤務評定」に反対して闘った。それが高知県の教育に何らプラスになるものではなく、戦後、営々として築いてきた民主教育・平和教育をこわすものであり、教師や子どもたちを権力に迎合させ、彼らの思うがままの柔順な人づくりを目指し、戦前の教育の権力支配をよみがえらそうとしているものだと考えた。今回の成績率導入の問題もこれとまったく同一のものであり、職場の人間関係までぶちこわし、職場に混乱を持ち込み、高知県の教育を破壊するものであると思う。断じて導入は許せない。
○教育の現実世界を直視しない「教育改革」には同意できません。仮に新たな勤勉手当制度を実施するとしたならば、少なくとも恣意的な運用が行われないよう、その前提として支給率決定の客観的基準を設けるべきです。もちろん、ここでは、そもそも、そうした客観的基準の設定それ自体が可能であるのかどうかのしっかりとした検討が不可欠であることは言うまでもありません。
○県民参加の「土佐の教育改革」が少しずつ実を結び始め、一層の歩みと成果に期待しているこの時期に、ボーナスへの「成績率」導入は、我々の願いに逆行するものであり、許せません。
○「勤評」が何らプラスを生み出さないどころか大きなマイナスを作り出した。教職員になじまない、お金で釣っての差別がいかに教育現場に混乱を持ち込むことがなぜ分からないのか。
○子どもたちの待っている楽しい職場、校長も教諭も平等に意見交換ができたのに、ぎくしゃくしだしたのはいつ頃からか。教育の現場に「勤評」を持ち込み、上下関係と型枠にはめた教育を押し付け、自由な発想や討論のできない職場にし、職場の和を壊したことに気づかない為政者が今の教育の混乱の一因を作り出したと思います。また、今度はボーナスを一部の者の独断と偏見でつかみわける制度を導入し、上ばかり向いて仲間の和を考えない、子どもの見えない教師をつくろうとしている。行政の府にあるものが教育を破壊している現状に憤りを感じます。戦後の民主教育の流れを職場に持ち込み、皆の力で悪政の導入を阻止、凍結し、職場に民主主義を取り戻しましょう。戦前、戦中の教育を受け、終戦後教師となった一老兵の繰り言です。いいつがれた言葉ですが、教師に臨時や代用はない、子どもにとってはみんな先生です。校長、教頭、教師、子どもによりよい教育の場を提供できなければ百害あって一利なしです。
○学校内においては、いろんなタイプの人々がいて、いろんな出会いがあり、その出会いが一人の生徒にとっては大きな意味を持つものであったり、又生徒や保護者にとってあまり評価されていない教師が突然、教頭や校長になったりという現実を見ても、教育現場での評価は大変に難しい。
がんばっている人を正当に評価する方法は他にも考えられる。
校長、教頭の指導力によっても学校間格差もあるはず。多くの先生方のご意見の通り、一つの学校の運営はその学校の教職員の協力によってなりたつものと思います。今回の「成績率」のシステムは不適切だと思います。
○社会も学校も荒れが凄くなっている。今人間が取り戻さなければならないのは、暖かい気持ちで、お互い協力し合い、助け合う心だと思う。特に教育現場では、この事を大切に取り組むことが求められている。教育現場に競争原理を持ち込む事は、子ども間にも、教師間にも、また教師子ども間にもトラブルを引き起こし、教育破壊に繋がる。
教職員に格差を設けてボーナス支給に反映させようとする教育行政ほど愚かな事はない。教育界は経済界とは異質のものである。斯かる行政は教育界を破壊に導くもので、教育振興に逆行する以外の何ものでもない。速やかに中止をお願いする。
○一部の教職員の「がんばり」や「能力」で高知県の教育の現状が良くなるとは思えません。
学校の「成績」如何が子どもたちや教職員の人格、生活をも規定する、そういう考え方、規範が今日の「教育崩壊」とも言える状況を生みだしているのではないでしょうか。
今の教育現場には、「おおらかさ」と「ゆとり」、つまり人間性が欠けているように思います。
○良い教育を行うため、関係者(教職員・保護者・県教委)がよく話し合ってもらいたい。県教委は良い教育を行おうと本気で考えているだろうかと疑いたくなる。
○いかになんでも橋本知事が教育現場の管理体制と勤務評定との行き着くところは差別待遇以外にないなどと考える古くさい封建思想の持ち主とは思えません。
船頭多くして船丘に土佐の教育改革や組合の現状を、雨を降らして地固めたい意図と善意の解釈で、奥歯に物を挟まない激論を闘わせていくテーマとして、知事、県教委を含めての論議の場をつくって欲しいと思います。
土俵を教育限れば、必ず頂上に行き着けると思います。
○私は、横並びには必ずしも賛成ではありません。ただ、成績率という形ではなく、教職員相互の切磋琢磨で学習活動を広げていく必要があります。不要な仕事の押しつけは跳ね返し、子どもを見すえた勉強をもっとしなさい…と思います。
若い頃から管理職になりたいなんて言う教職員にはヘドが出ます。することはたくさんあるではないか…と言いたいところです。
○1.勤勉度を判定することが困難な職種である。
2.信頼協力によって総合効果が期待できる職種であるのに相互不信の原因になる。
3.(判定者である)校長を信頼できなくなる。
以上の理由により、法令そのものの廃止を要すると思う。差し当たっては教育改善に熱意ある知事、教育委員諸賢の勇断善処を期待する。
○アピールの通り、このような世の中になっては人を信頼する心を失ってしまいます。
教育は信頼の上に成り立つ営みです。墓穴を掘らない前に止めるべきだと思います。
○土佐の教育改革は、各方面の協力の上に成り立つものと考えます。
成果が一部の教職員に対し支給される制度を性急に導入する事には反対します。
導入の考え方や方法等教職員全体が納得した上で導入すべきと考えます。
○教育の本質から考えて、一般の生産業務におけるような成績評価と報奨制度はなじまない。仮にそれが必要だとなっても、実施に当たってはよほど慎重な検討と透明性が前提となる。これが常識ではないでしょうか。とくに荒廃克服のため、職場の協力、相互支援が何よりも大切なこの時期に、県教委は何を考えているのかと思います。
○「土佐の教育改革」でやっと少しでも良い方向に向かっていると思っていましたが、こんな制度の導入は改革でも何でもないと思っています。
○畑の草引きをしています。畑の草引きはおもしろい。一人でできる。やったらやっただけ きれいになっていって、その結果がはっきり見える。教師の仕事もこんなだったら気楽にやれたろうにと。県教委は教師の仕事も畑の草引きと同じように見ているのでしょうか。なさけない話です。
○最近は若年退職が県内でも目につくようになり、教育現場の異常さをここにも感じさせられます。ぜひ、地域との話し合いがもてる組織づくりにお互いが頑張りましょう。
○共同の志が教育をつくり、金権を弄する為政者が教育を壊す。
○教育現場で最も大事にしなければならないことは、お互いが信じ合い、支え合い、一丸となって教育活動を進めていくことである。成績率導入は、このもっとも大事なことを否定し、教育そのものを破壊するものである。子どもたちのために絶対に許してはならない。
○何を目的にしてこの制度を導入するのでしょうか。優秀な教職員とはどのような教職員をいうのでしょう。11%の優秀な(?)教職員だけで学校の教育は良くなるわけではありません。これからは、もっと心を通い合わせた人間関係、教職員の仲間作りが必要な時であるだけに、教育を忘れたこの報酬にウエイトを置くこの制度に反対します。
○「評価」の客観性・妥当性が保証され得ません。
・まず、「基準」が容易に定め得るとは思えません。
・示されない、公開されないとは論外です。
・校長なり教育長の「評価」の妥当性をチェックするシステムが最低必要です。
○今度の「成績率」導入は、子どもの立場に立ちきった教育ができなくなる危険なものです。絶対、反対です!
私も、職場で「不当解雇」にあい、今裁判で闘っています。大きな共同の輪で、共にがんばりましょう。
○みんなで教育改革を進めようというときに、このような格差を導入することは、真の教育改革になるのか疑問です。反対します。
○娘と息子も教職の身、親としてもこのような制度を見過ごすことはできない。いやこれは単に娘や息子の問題ではない。根底には勤務評定がどっかと腰を据えている。
良識のある校長は心を痛めるだろうし、仲間同士(疑心暗鬼)が生まれ、職場に信頼感がなくなることが一番恐ろしい。
このような高知県の教育改革に水を差すような制度は断固つぶすべきである。
○民主教育、土佐の教育改革に反するものであります。基準もないままの評価は不可能。教職員の友情と信頼を害するものです。マイナス限りなしです。
吉良君、この反対の声に真にこたえることはできないでしょう。
良い教育長で終わってもらいたいものです。
○「教育の危機」は民族の危機」と言っても大げさではないと思います。この危機を克服するためには、教育関係者ばかりでなく、国民全体が総がかりで当たらなくてはなりません。教員の一握りを優遇するというような、視野の狭いケチな施策では駄目です。「土佐の教育改革」もなんだか色あせた思いです。
○「土佐の教育改革を考える会」のような開かれた論議の場を是非つくって頂きたい。私達も5年間大学問題で市民運動に取り組んでいます。
○私は、何事も均一な扱いをすることには疑問を持っている。しかし、何を持って〈優秀〉とするかの尺度の開示と、多数者の了承がないかぎりは、管理職の恣意的な判断がはたらく余地が生じて、不健全な運営になる。それを懸念するところである。
もう一つ、教組として反対をアピールするには、また教組が反対を唱えているのかという大衆的感性にたいする説得力のある教育論理、学習指導のあり方を一方で確立し、組合員の枠組みを越える共同性を打ち出していかなければならない。組合は政党ではないのだから。何十年にわたって、このことが克服できていないし、組合組織の強化は絶望的になりはしないか。
○こんなことが教職員間の信頼を崩し、次代を担う子どもたちにも影響をもたらすだろう。全てのことに教育委員会は責任を感じないのか。
幸せな次の世代と子どもたちのため、本県教育の正常な発展を、県教育委員会の教育委員と教育長に責任を強く求めたい。
○憲法違反の戦争法がついに自・自・公によって強行成立しました。そして日の丸・君が代の強制、盗聴法、地方自治統制強化、さらに破防法改悪の動きと、さきの大戦の戦後処理もすまぬうちにまたまた戦前に逆戻りということでしょうか。国内では民主主義をおさえ、アジアの国々へはアメリカに従って武力による威嚇へと変身しつつあるようです。
このような情勢のなかで、教育危機の深刻化がさけばれています。この度問題になっている教職員のみなさんのボーナスに非民主的な評価制度により格差を導入するという制度は、先生方のなかに分断を持ち込み、子ども、先生、保護者らみんなが力を合わせて学校、教育改革に取り組むことを困難にする愚作、第二の勤評だと思います。
県教委は何を考えているのでしょう。
○極めて危険な法案が吹き出してきている流れと同質な、危険この上ない馬鹿げたシロモノ。おこっちゅうぜよ!
○勤評は戦争への一里塚と言ってきたのは40年前だった。戦争法が通ると勤評が「お金」に関わり始めた。
大変な世の中になりましたが、ご健闘をお祈りします。
○成績率の導入は学校現場に混乱を生じさせる。絶対反対です。
学校にめったに顔も見せないし、教師個々の実態もつかめない教育長が、評価者になること自体、権力の介入である。導入反対でがんばりましょう。
○最近の政治はすべて国民を取り締まる方向に進んでいる気がしてなりません。県教委の格差導入に反対します。
○まったく言語道断。狂気の沙汰なり。断固粉砕すべし。
○勤評闘争を闘ったときの様な職場の団結がほしい。今は腰が抜けている。何をやっても一部の者だけがやっているような気がしてならない。これでは駄目。
○土佐の教育改革を唱えながら発想の転換なし。歴史(勤評)認識なし。相変わらずの県教委に更に知事部局が強引とか−。只呆れ返っている。
○現職の時、勤評闘争など権力との闘いを経験しました。今回の成績率導入は更に悪質なものと思います。高知県の教育を権力の手先にしないよう闘って下さい。
○みんなで教育改革を進めようというとき、「成績率」を導入するとは。教育活動を一層、悪化、深刻化することにつながります。みんなと一緒に凍結に向けて頑張りたいと思います。
○絶対許すことはできません。教師集団の破壊です。今頃どうしてこんなものを持ち出すのか理解に苦しみます。断固反対してゆきましょう。
○全くおかしい、ひどいと思います。
どこまで教師を、子どもを追いつめるのかと怒りでいっぱいです。一緒に頑張りましょう。
○大いに賛同します。力を合わせて攻撃をはね返しましょう。
○学校に混乱を持ち込む成績率導入は絶対に反対しなければなりません。校長泣かせでもあります。私は本年3月を以て退職をし、この件からまぬがれた者の一人として、この制度だけは何が何でも阻止せねばなりません。まじめな教師、職員ほど悩んでいます。
評価する者もされる者も納得できないものです。
○教職員の教育活動は、一人ではできません。教職員の支え合いで子どもの方を向いていなければならないと思っています。
このような「成績率」の導入はやめて欲しいと願っています。
○教育の現場は信頼と協力によってのみ成果を上げることは衆人の知るところなのに知事がそれを無視することは断じて許せない。
○「成績率」導入なんてとんでもない事です。教育の教の字も知らない方たちが考え出したことでしょうが、教育現場をぶちこわす事はまちがいありません。現場が手をつないでこそこの教育の荒廃に立ち向かうことができるのです。ほんとにとんでもない事です。
知事さんいいこと言っていると思ってたのに、しっかりして下さいよ。頼みますよ。最後に高知の教育をぶちこわすつもりじゃないでしょうネ。
○勤評闘争の頃を思い出します。もの言えぬ教師をつくれば、政府の言いなりになる国民をつくるのです。今、戦争への足がかりがつくられている。成績率導入、もってのほかです。
○先生方が子どもに接するのに、対等な意識を持つことを壊しかねない「成績率」導入はやめて下さい。
○県民アピールに全面的に賛同いたします。
○教職員のボーナスへの「成績率」導入に反対します。教育はそれぞれの学校の教師集団の質を向上さすことによって成果を上げることができると考えています。今度の県教委のボーナスへの「成績率」導入は、教師集団の分断につながり、教育効果を上げることにはなりません。現在の特に小中の義務教育の崩壊が云々されている時に、全く馬鹿げた方策だと考えます。現在の全国、本県の教育の質的向上をさせて、教育の立て直しをするには、今日まで実施されてきた給与体系を存続させて行くべきです。
教職員へのボーナス支給に差別を持ち込んでは絶対駄目です。
○成績率の導入は、
@校長と教育長に対するごますり教師の出現を招き、教師の猜疑心と不信感を高め、教職員の意欲を著しく阻害する要因となる。
A教師相互間の切磋琢磨、協力共同が最も大事にされなければならない教育現場に、陰湿な不協和音の原因を持ち込むことになる。
B明るく伸び伸びと学校づくり、学校の創造的活性化の上に重大な障害となる。
以上の理由によって全面撤回を強く求めます。そして、県民的絶大な討論の展開を切望します。
○「県民アピール」の趣旨、運動に全面的に賛成です。アピールでも重視しているように、この運動は特に幅広い県民との対話を通じて賛同を得ることが大切だと思います。
○40年前の勤評導入が思い起こされて、そのアナクロニズムに驚いています。
○県民連絡会には全解連としても個人としても参加します。共に頑張りましょう。
○「成績率」導入には絶対反対。教職員の仕事は簡単に評価できるものではないし、また、評価されるための教育であってはならないと思う。
○私は先に吉良教育長宛に「成績率」導入は教育現場にマイナスこそあれプラス面には一切ないことので撤回するよう葉書で申し入れました。県民アピールに全面的に賛同致します。たたかいの輪を広げなんとしても阻止しなければと思います。差し当たり、県下各地の革新・保守も含めた良心的議員に要請し6月議会で取り上げてもらうことも必要ではないかと思います。
○マスコミ出身の知事のパフォーマンス的発想からきているのではないか。最近の知事周辺の不祥事のあれこれをみても県政は大揺れである。勤勉手当への「成績率」導入も(この一連の流れの中の)暴挙である。また、大恥をかくのは県教育長、県教育委員会ではないかと思う。
○「ガイドライン」関連法、さらに「盗聴」を認める通信傍受法案が衆議院法務委員会で強行可決された。加えて政府は国旗・国歌法制定を伺い、「再びの道」を指向している。(新しい国旗・国歌募集提案をすべきとき)皇国史観の台頭、天皇・皇室外交利用の動きも見えてきた。これに協力する教育が求められる中で、第2「勤評」の動きは絶対許してはならない。
○憲法無視の方向にすべて進んでいるように思えます。頑張って下さい。
○教職の仕事について科学的な根拠をもった評価など到底できないことである。特に小規模校などでは不信感こそ生まれようが、教育効果のあがる道理がない。市町村の教育長が顔と氏名も一致しない、ましてや仕事ぶりなどわかるはずもないのにどうやって評価するのか。更に評価の結果も知らされないのでは反省や自己の欠陥是正はなされる訳がない。こんなでたらめな教育行政は直ちに中止すべきだということを強く主張する。
○「県民アピール」に賛同します。県教育委員5人に1291万円の報酬を払って、教職員に対してボーナスを差別支給させようとするのは財界と自民党です。「勤評」反対闘争は全国的に展開されました。対米従属の「戦争法」が成立しました。今、「ボーナス差別支給」はその戦争体制の具体化だと思います。児戯に類する悪趣味として見逃してはなりません。
○こんなことをやろとする県教委にあきれます。教育とは何なのか・・・お金で結果を出すなんて最低です。
○教育は協力・共同が大切だと思います。結果、成績主義とは別の世界の追求も大切だと思います。
○人に差をつけることほど愚かなことはない。ことに教育者には絶対反対。
○後世に悔を残す恥ずべき愚策。浅はかな為政者の勝手にさせてはなりません。粉砕に向けてがんばって下さい。
○1、評価するものの力量が疑われる。教育委員会そのものに問題がある人が多い。(自分の子どもはすぐに採用になる等)ボーナスのランク付けではなく、子どもとその保護者に評価させてみてはどうでしょう。問題点が浮かび上がってくると思います(このままでは先生個人、学校教育の向上のための要求は保護者からあがってこないと思います)。
2、以前の「勤評」のように真に団結して立ち上がらないと押し潰されると思います。
3、保護者、その他にどんどんアピールすべきだと思います。
○「成績率」導入について、
・教師の教育意欲を阻害するものである。
・子どもの教育向上には何らプラスにならナイ。
・どの教師も一生懸命毎日頑張っているのに差別賃金体制をしいて仲間意識を分断 することとなり、高知県全体の教育のマイナスにつながる。
・教職員を評価すること自体ナンセンスである。直ちに中止されんことを願うものである。
○広範な良心を結集して愚行を止めさせたいものです。
○教員を評価できるほどりっぱな校長がいない。まずは校長評価を県教委はすべきではないか。もっとも県教委にも(それができる)人物がいないのではないか。
○人を育てる教育現場に「成績率」導入は大きなマイナス。人を育てる教育現場には明るさ、楽しさ、心のゆとりが絶対に必要です。教育にたずさわる人々の身体と心の健康が必要です。これをすべて失ってしまうような制度のもとでは、子どもたちは、明るく素直なのびのびとした、勉強に意欲的に取り組む子どもには育ちません。百害あって一利なしです。何ゆえにこんな制度を導入するのでしょう。教育現場は一般の企業とは全く違うということを理解できない人の考えたことでしょう。即刻撤回してほしいものです。
○県教委は何ゆえこのような理不尽極まることをするのか。断固反対すべきであり、つぶすべき悪政である。
○事務職の方も心を痛めています。ランク付けし報告するものではないが、実務する人間としてたいへんイヤな仕事だと感じ、校長との板ばさみで苦悩しているようです。事務職の方の声もくみ上げていかしてあげて下さいる
○上を向いたヒラメ教師を作って、子どもの心をみえなくさせる「成績率」には絶対反対です。
○国会で「ガイドライン」関連法が成立した。「戦争をする国」に変えられた。高知県では教職員をランク付けしようとしている。教職員の反対が圧倒的だというのに。これらをつなげて考えた時、私は鳥肌が立つほどの恐ろしさを感じる。「教え子を再び戦場に送ってはいけない」と思う。
○ご奮闘下さい。他方面の方の賛同が多く集まることを期待しています。
○昭和三〇年代に闘われた勤評闘争を思い出します。今教育現場ではいじめ・不登校・学級崩壊等の教育困難が山積していることでしょう。今こそ教職員、子ども達、父母の腹を割った本当の話し合いが必要な時でしょう。そのときに教育そのものが評価になじむものかどうかも議論せずに、又評価の基準も明らかにせず、11%の人を優遇する成績率を導入し、現場で色んな試行錯誤を繰り返し乍ら頑張っている先生方の努力を破壊することは許せません。これは、まさに子どもの教育への正面からの攻撃です。今のガイドライン法の動き等と関連して考えると、まさに戦争への一里塚と思います。
広範な国民との共同、共闘によって、草の根から闘うことが展望を切り開くこと、確信しています。
○これを許さば教職員の協力共同の教育の営みは崩れ、子ども達の将来をも暗澹たるものにする。この闘いは絶対に妥協しないで下さい。
○札束で人の顔をなでるような制度ではいい人間(教員)が育つわけがない。そんな環境をつくっておいてその中ではよい生徒も育ちようがない。教員の個性を殺す様なものだ。個性のない教師に教えられて、個性を伸ばす生徒は育たない。−これでは教育を殺すことになる。良好な人間関係をつくってこそ良い人(生徒)が育つ−「成績率」導入など馬鹿げたことは中止すべきです。
○教職員の給与格差の導入、これは明らかに第二の勤評です。「教職員の力量、意欲向上」「学校の活性化」は仮の理由、実は教員の思想統制と教育内容の改悪(日の丸、君が代に見られる様に)を進め、ガイドライン法を出発に日本の軍事体制を強化し、ついには徴兵制へ突っ走ろうとしているように思います。それにしても、反戦、平和の運動や闘いが下火になったのも気になります。頑張って下さい。
○大二郎は目先のニュース性を考えて熟知した行動、発想ができないのでは。土佐の教育改革、やっとまとまともな教育実践が子ども達と共に歩もうとする時、全く腹立たしい感。
○経営者が利益を上げるために仕事の量や販売を増加させた従業員に対し特典を与えることはよく使う手法ではあるが、これは金銭的利益を追求するひとつの手法であって、教育の場にこうした手法を用いることはいいやり方とは思えない。教育委員会は今の教育が抱えている問題を解決するためにはもっと他のことを考えるべきではないでしょうか。
県民の中で議論を進めることに賛同します。
○今から36年前(1963年)山田高校でおもしろいことがありました。勤評が実施されて間もない頃です。管理職(校長・教頭)とPTA会長・役員等が協議をし、勤評の優れた者に特別勤務手当として、PTA会計から報奨金を出したことがあります。校長の非民主制、地域ボスとの癒着、非教育性等に怒りの声が起こり、上へ下への大騒動となりました。勤評報奨金をだれがもらったのか、どんなに処理したか忘れましたが、組合員でもらった者は変換することにしました。仲間の中に疑心暗鬼が起こり、不愉快な思いをしたものです。
○近頃国旗国歌問題にしてもガイドライン法案にしても国の重要問題がろくに論議もされず、国民が何やらわからない内に簡単に決められて日本の行く末が案じられます。
教育問題は特に取り返しがつかなくならないように慎重でなければならないと思います。
勤評の時のように是非大きな運動にして県民に十分アピールして下さい。
○はずかしながら県教職員組合のお手紙を拝見して初めて知りました。「教職員のボーナスを減額してそのお金で、上位2ランク(各校11%)の者に上乗せをする」なんて、全くむちゃくちゃなバカゲタ、卑劣なやり方を本当に高知県教委はやるのでしょうかね。
もしこれがこの6月より実施されるとすれば、正にバカゲタ汚いやり方ですねえ。絶対に反対します。(こんなムチャな子供だましみたいな事はみんなの力で是非はね返しましょう)
○子どもの教育をする職場は、職場であっても仕事であってはならない聖職であると思う。教育は学校全体、教職員全員の話し合いによる一致した方向を全員で協力し合い、父母、地域と一丸となり「子どものゆとりある教育、自主性の尊重」に基づく活動が大切である。
一般の営業や利益を追求する職場と違い、評価査定は導入すべきでないと思う。
○かつて私達が教育になじまないとして反対闘争を展開した勤務評定のさらなる悪質な再来と言えましょう。
徹底的に反対し続けることが子どものためだと思います。職場からねばり強い反対の闘いを続けることを望みます。
○県教委へ。
この国をどこへ持っていこうとするのか。恥ずかしくないのか。ゆとりのないことをするな。教育を何と考えるか。
○もうその昔になりましたが、多くの良心的な教職員が厳しい弾圧処分を受けた勤務評定は、現在も実施されているものの、その成果として形骸化されています。
しかし、今回の「成績率」導入は、その勤評に再び「悪の魂」を入れるものです。教育活動に衰退と破壊を持ち込むものです。
保険の外交員の活動の成果を評価するように、単純に教職員の活動を評価できるでしょうか。一人の校長がどうしてその学校の全ての教師の教育実践を公平に評価できるでしょうか。学校における日常の教育活動は、管理職・教職員の全てが心を一つにしてねばり強く取り組んで初めて成果を上げていくものであることは誰も否定できないはずです。
退職教員の一人として、管理職経験者の一人として、無謀とも思える「成績率」の導入を心から憂えています。
○教育行政の貧困(やらなければならないことが他にいくらでもあるのに…)を感じます。
たたかって下さい。応援します。
○次から次ぎへと許し難いことばかりが、お上によって企てられ、強行されていくのに我慢がならない。ガイドライン法、通信の盗聴、検閲、国民総背番号制、介護保険制度etc…。
教員の成績率導入はついに勤評の仕上げというべきか…。政治家や行政の長たるもの、後々の歴史の評価に耐えうる高い視点に立つ仕事を為すべきである。民主主義の理想をドブに投げ込む如き所業の数々であると断じざるを得ない。まことにゆるし難い!
○手を変え品を変えての民主教育への攻撃です。教育は一部教員の成果ではありません。ますます深刻化する教育問題の解決は、全教職員の信頼なくしては生まれません。
その団結に分裂を持ち込む「クサビ」には断固反対しましょう。
○戦争法・盗聴法の自自公による強行採決。そのうえ地方分権一括法案によって住民から土地を強制収容することを目論むこと急である。また、「教職員賞与格差」導入は職場に差別を持ち込み、もの言わぬ教師を作り出し、民主教育を破壊に導くものであり、このことは前述の流れと同一のものと考える。
○呆れています。ボーナスへの「成績率」導入絶対反対。校長、89%の教職員、更に11%の「優秀な職員」の誰もが喜ばない、いや困らせ苦しめる悪しき制度。勤評を更に一歩進めたこの制度で教育現場が現状よりも活気づき、明るくなると本当に思っているのか。腹立たしい限りです。
○教育は職員間の信頼関係を崩してはできない。共同の力で実践していかねばならない。勤評はたたかって、たたかって、実施されたが骨抜きにした。成績率導入は評価書類を提出したらそれが表面に出てしまう。職場の人間関係は崩れ、「土佐の教育改革」の方向と逆行する。廃止までたたかう以外にない。組織内でのたたかいではだめ。県民との共闘が鍵。
○差別賃金が教育現場にとって有害無益なことは勤評闘争や人確法導入の際に論議し尽くされたと我々は思っている。分裂支配政策以外の何物でもない、そういう「禁じ手」を県教組の組織率が低下した足もとをみて敢えて強行しようとする橋本パフォーマンス県政の二面性が感じられてならない。
○ボーナスへの「成績率」導入を実施することは、まことに怪しからぬことです。まさしく勤務評定です。みんなが力を合わせてこの企図を粉砕しなければならないと思います。今の教育現場は多くの問題をかかえ、ご苦労が多いと聞いております。教職を退いて10年余になる老骨ですが、お役に立つことがあればいたします。民主主義の美しい花を土佐の地に咲かせるよう共に頑張りましょう。
○次々と悪い制度が打ち出されて暗い気持ちになります。(勤評以来)この制度には絶対反対します。急ぐことはなく、よく話し合い、働く職場の人達一人一人が明るく助け合って教育効果をあげることが大事だと思います。
○「成績率導入」絶対許せません。こんなくだらないことをするなら実業高校の「産振手当」を何とかして下さい。普通科の教師というだけではじめから10%の手当が一切ないというのはこれこそ差別ではないでしょうか。
○勤評が高知の教育に何をもたらしたか? 教訓は何だったのか。再び県がこの愚を繰り返すのか。
○教育は本来、子どもの胸の奥深くへ食い込んで影響を与えるものである。教師と子どもの人間的交流が根底にあって成り立つものである。教師が豊かで明るく常に生き生きしていてこそ子どもたちも明るくすくすくと育つものであることは今も昔も万人が認めるところ。教師に不安を与え、一人一人を分別することは本来の教育理念を根本的に破壊するものです。人間を物体としかとらえられないものであり絶対許せません。県民の声を集中させたいものです。
○ある中学校に、校長とかって同じ職場にいたA教諭が赴任してきた。校長はA教諭に学級担任を持たしたら学校がもたないと発言。その前年度に、前の職場で唯一人特別昇給を受けたのはこともあろうにA教諭であった。歴史は繰り返すと言いたくないが、今回の制度もいつでも同様のことが起こるものである。
○学校の活動は全教職員が共同で行うものです。優秀な職員の基準は何でしょうか?どう評価するのでしょうか?営利活動ではありません。元高校教員として県民アピールに賛同します。
○教育の管理強化を目指すもので、改革に逆行するものです。撤廃に最大の努力をお願いします。
○教職員を差別・選別するような、ボーナス支給への格差導入を決して許してはならないと思います。教職員の意欲・力量向上、学校の活性化どころか、校長と教職員の信頼関係がこわれ、望ましい教育活動が推進されることにはなり得ないと考えます。
○激怒。勤評後の教職員集団の悪化を更に加速させる様なことの意図は?何か一部の政党の政治的な匂いが強く漂ってきます。導入されたら今でも深刻な学校現場はどうなっていくのでしょう。心配では済まされない、本当に深刻さが増してくるのではと。「土佐の教育改革」をもっと真剣に見据えて、現場の皆様とともに、第2の勤評にならないように、全国に波及させないように人間の壁になりましょう。
○「成績率」導入は、教育の現状を知らない人が進めているとしか考えられません。絶対やめて欲しいです。
○勤評は、遂に賃金にまで露骨にも化けてきた。共にがんばりましょう。
○ 大賛成です。ご苦労ですががんばって下さい。
○「成績率」は第二の勤評です。勤評は教職員や子どもたちを果てしない競争に陥れ、教育を分解させました。「県民アピール」を心から支持します。
○多くの方が反対の意見を述べられていますので改めて書くことはありません。
勤評反対闘争を共に闘った仲間たちと今、この危険な構想をぶちこわすため、若い仲間と一緒に共通の反対闘争の輪を広げていかなくてはならないと思います。
そのためには語り合える場づくりが急がれると思います。
○教職員を孤立化させ、やる気を失わせる。民主教育の根底を破壊、教職員の生活と権利の破壊など、県教委の意図はありあり。県教委は直ちに導入を断念すべきである。
○勤評の仕上げがいよいよという感がします。国政も暗黒時代へ逆行しているし、同じ次元の問題と考えられます。現在公的立場もあり、表面に出ることができませんが、時代への歯止めと、「土佐の教育改革」の基盤づくりとしてもがんばって下さい。
○「教育」は、子どもたちの人間としての発達を保障していく営みであって、その効果判定は、物品の製造の善し悪しや生産性を判定することとは全く異質なものであって、判定者の主観や数字などの質量(判定基準の数量化)でその効果の大部分は判定できないのではないかと考えている。
いずれにしても関係者の十分な協議、検討の期間もおかずに実施に踏み切ろうという態度は、理解できない。
○「土佐の教育改革」についての話し合いがすすみ始めたこの時期に、勤評による成績率導入を強行しようとする知事・県教委のかたくなな姿勢に、戸惑いと怒りを感じます。
40年前の土佐の山野を揺るがせた勤評闘争で、私たちは地域に入って幾晩も膝を交えて話し合い、勤評の問題点を訴えたことでしたが、今の場合、まだ地域の人たちは、それ程この問題についてはご存じないのではないでしょうか。
○ご苦労様です。組織力の違いはありますが、勤評闘争時と比べて、まわりにはたくさんの協力者がいます。元気でがんばりましょう。
○評価基準のない評価はおかしい。県教委の考え方がわかりません。県教委のメンバーがおかしいのではないか。県教委の評価基準を作った方がいいのではないか?
○今再び勤評が「ボーナス格差」の形で具現化されようとしています。11%では学校全体の意欲向上にはつながりません。89%の連帯の協力なくして、活性化も、子どものしあわせも望めないと思います。校長におもねる、にせ忠誠者を作るだけです。
○教職者の評価は管理者の一方的な見解で決まるものではない。見せかけの努力ができたり、仲間同士の猜疑が生じたりして、真の教育が損なわれる。
○学校という共同体は、構成する教職員の個性的な力量をより合わされて教育力を発揮しています。それぞれの校務を分担しあい、役職につくものとそれを支えもり立てる力が結びついてこそ力強く運営されていきます。個人を切り離して評価することは不可能で、一部の者を優遇すれば、教師集団を破壊し、結束を乱して教育環境を混乱させるのは明白です。
しかも、教育(力)の効果は長い年月を経過して評価できるもので、即時的な評価などできるわけがありません。その時点で目立つ者、特に目立ちたがり屋が取り上げられることになりかねないと危惧します。そんな金があれば、研究資料や機器を購入する予算に回すべきです。
この制度は、教育改革に逆行する極めて無謀な発想です。校長も、個人としてまた校長会として良識有る対応をされるよう切望します。
○子どもを大切にし、子どもを中心とした教育実践で、子どもは生き生きと学習することができる。この実践のすばらしさは認めながらも、逆行する教育行政の中では全く否定されてきた。権力に追従する管理職は何の見識もなく、否定し、締め付けや嫌がらせをしてきた。民主教育を敵視する(無知のため)権力の末端によって立派な教師が悪い教師という烙印を押されてきた。これまででさえ、権力べったりの教師が昇進に行くことをいやという程見せつけられてきた。これに輪をかけるようなことは絶対許せない。
○学校教育現場になじまない制度で、管理体制の強化につながる。かつての勤評闘争を経験した者として断じて許せない。
性急な実施という手法より、制度そのものの問題である。
○教育の現場は、教職員全員が一致団結して子どもの教育に専念するところ。勤務評定はそうした現場(教育)には全くなじみません。お金を見せびらかして、先生を競わせるなんて、全くばかばかしく、涙が出ます。
「成績率」導入は、絶対阻止しましょう。
○子どもの教育の場へランク付けを持ち込むことは教育をゆがめ、破壊するものです。
○しっかりがんばって下さい。
○昔勤評に反対してストライキ等運動しました。今又、それが実施されようとするのは、戦争中の軍国教育につながるような気がして恐ろしいです。弱い者も新参の者も、不器用な者も互いに支え合い、教え合って力を合わせてこそ、よい教育ができると考えます。こんな教職員の成績率導入は断固取りやめるよう県民の意識を高め、運動していきたいです。いただいた趣旨の通りと考えます。
ご苦労様ですが、ぜひよろしくお願いします。
○人間が人間を正しく評価できるでしょうか。神でも無い限り無理でしょう。まして評価により、金銭のランク付けは絶対に避けるべき事です。
○性懲りもなく、次から次へと考えるものですね。物言わぬ教師が増えてきていると言われていますが、追い込まれてしまっては受け身になってしまうので、どんどん地域の人にも声を大にしてと言いたいです。分会員も少なくなり、多忙で時間もとれないでしょうが、今こそ踏ん張って!退職してもまだ少しは力を貸せます。応援します。現場の教師と心を開いて話し合いたいと−校区単位でもなお良いと思います。
○協力共同を何にも増して第一等とする教育現場への格差導入は、天命に抗するもの。
勤評導入時の特別昇給制度が噴飯者の対象者を校長が推薦した等々の例も多々あり、蛇尾に終わったこともある。どの面から見ても「誇り」に思われる制度ではない。
○教育危機が叫ばれている今頃、行政はこの危機が見えてなし、聞こえてないようですね。昨年でしたか発足した「土佐の教育改革」の歩みがあるのも見えてないのですね。今教職員を差別して、教育危機を乗り切れるとでもお考えでしょうか、気が知れません。
○むしろ遅すぎた感のあるアピールですが、県民に向けて大いにアピールして欲しい。学級崩壊、学校崩壊の危機が叫ばれている今日、学校現場の教職員の合意と連帯が今ほど求められるときはありません。個々の教職員のもつ知恵と実践がほんとうに大切にされ、学校と父母(集団)と地域が助け合い、協力し合って学校(民主教育)や子どもたちを守ってゆくことこそ一番大切。その根底にある学校現場を切り崩す成績率導入は認められません。
○60年以来の日米安保条約の大変容といわれる一連の戦争協力法(ガイドライン関連法)に連動する教育現場への第二の勤務評定の導入であり、日本国憲法、教育基本法等の理念、諸原則に反する者で、とても容認できません。このことを県民世論に大きくアピールして下さい。同時に、教育現場でこそもっと議論し、教職員自らが大きく立ち上がることを念じてやみません。
○教育活動はお互いに意見を出し合い、指導方法など進むべき道を探ることです。指導に当たっては教師の個性を生かし、不十分な点を補い、子どものために教育を行うことだと思います。職場に亀裂を生じる制度は、教育推進に逆効果となります。がんばりましょう。
○次の点で成績率導入に全体反対し、県民アピールに全面的に賛同します。
・民主的教育を破壊するもの
・教育現場、教職員の結びつきを分断するもの
・教育の国家統制をねらうもの
○この県民アピールに全面的に賛同します。
○総翼賛型の政治体制、闘いを忘れた労働組合。戦前の暗い時代を知っている者にとって危険な世の中になりました。今度の教職員に対する措置もその延長線上にあります。橋本知事も一部善意で革新的な政策があっても、それは人気取りのためで、本質は保守的で権力的です。
○元管理職としまして、在職中は職場の和、「みんなで」を合言葉に楽しい職場づくりを、楽しい学校づくりをと全生徒、全教職員と共に頑張ってきました。それを壊す恐れのある制度には絶対反対致します。
○第2の勤評ではないでしょうか? 教職員の団結にヒビを入れる制度の強行は絶対やめるべきです。
○“教育”を売るセールスマンでもあるまいに、評価でボーナスを支給なんてあんまりです。教育が豊かに行われるためには教師の身分保障も必要と思うんです。評価はどのように行われるのでしょう。○印の多い子どもが多いと点数がいい?、じゃあ×印はダメな子ども、認められない子どもをますます増やしていくのですか。競争主義が教育をだめにしたという批判もあるのに。教師集団も断絶していい教師になるためのかかわりあい(話し合い)もなくなるのでは? 人間とて豊かに生きていくための教育が点数づけで行われることに腹立たしさを覚えます。どのような教育をしていくつもりなのか私は聞きたい。
○子どもたちを守るのは大人たちだと思います。頑張って下さい。
○「やぼ天の お城の下に かけつけて 空もいかるぞ 導入ばなし」(啄子)
○戦後、教組弾圧、勤評、学力テストによって、教員の意欲、研究の自由をむしり取った政策が今の教育界の混乱を招いた。罪を恥じない委員会の政策に断固反対します。更なる教育荒廃を許してはならない。こんなばかなことを正気で考えるとは全く驚きである。
○県教組のみなさんのたたかいに敬意を表します。教師集団に差別を持ち込んで、子どもたちに仲間の大切さ、人間のすばらしさを教えることができるのでしょうか。教育の現場にもっとも持ち込んではならない「成績率」に反対します。ご一緒に頑張りましょう。
○かっての勤評より更に悪質。学級崩壊を一層悪化させるものだ。子ども中心に考えなければ教育ではない。勤評は権力で教育を破壊しようとしたが、今度の「成績率」は正に金で教師の教育理念を骨抜きにするものだ。絶対許してはならない。
○国政で憲法を無視した横暴などみるにつけ、戦争への道を突き進んでいる今日、橋本県政もその道に近ずくための手立てとして教育の場に勤評を持ち込み、人間の弱点、金銭への野望を悪利用しようとしているのではないか。このようなたくらみを安易に考え喜んでいる教育者がいるとすればたいへん危険なこと。何としても止めなければなりません。
○差別は人間を壊し、教育を歪め荒廃につながります。やめさせるべきです。
○勤務評定の亡霊が現れようとしている。
○私たち民間の営利企業においても評価の公平さは難しい問題として議題にのぼっています。教育の現場における、子どもたちにとってもっとも良い方向性を見いださなければならないという、私たちより一層困難な論議の解決への闘いを応援したいと思います。
○同じ職場で和を乱すことを恐れます。
○新ガイドライン関連法が通過、この法案を発動させやすくするために地方分権一括法案、盗聴法案などが目白押しに、自自公路線で強引に進められています。「日の丸・君が代」「成績率」はその延長線上にあります。新ガイドライン関連法を発動させない一大国民戦線を粘り強く構築していくことが大切です。「成績率」で県下の全教職員にアンケートをとり、団結を追求している県教組のみなさんに敬意を表します。
○今回の成績主義のランク付けに対し、知事、教育長は何を考えているのか。企業の社員ランク付けとは別問題だ。校長は先生を公平にランク付けできないと思う。まして、教育現場にいない教育長に何がわかるのだろう。地域、学校、クラスによっても先生の姿が違ってくる。県民も十分知らないのになぜ県は急ぐのだろう。「土佐の教育改革」を疑問に思う。同一校に3年しかおれないことや、ベテランの先生が中部に集まっていることなど・・・。子どもあっての先生、子どもたちを愛して欲しい。
○どんな組織でも、どんな仕事でも、やってもやらなくても一緒の評価では活性化しません。やる気がある人、能力の向上している人にはそれなりの評価(給料、賞与と連動)があってしかるべきだと思います。但し、評価基準は評価者の主観の入らない、できるだけ客観的な評価の出来る基準でなければならないと思います。
○人の評価は難しいものです。私の好きな言葉は「長所は短所」。子どもたちの未来がすばらしいものであるように頑張って下さい。
○過去に教職にあった時、自らの不備をどれほど仲間に支えられて乗り切れたことか。皆が支え合い、協力・共同し得た時、集団が力以上の力を発揮することを何度学んだことか。その中に「教育」があった。職能や効率を最優先する時世、人間の信頼がずたずたに引き裂かれる有り様をどう止めればいいのか。「勤評は戦争への一里塚」と断固阻止を闘った日以上に力を合わせて拒否したい。「学ぶとは真実を胸に刻むこと、教えるとは共に未来を語ること」、団結の中核とならんことを願います。
○教育活動の最も大切なことは職場、教職員の個々がそれぞれの特性を生かし、児童・生徒にあたることだと思います。また、この力を職場として統一していくことではないかと考えます。
○奥の魂胆が透けて見えます。断固反対です。
○現在、教育改革を進めていっいる時に、県教委が制度導入することは、現場の状況をまったく把握していない事のあらわれではないでしょうか。机上の考えでは、現場での子ども、先生、保護者などの現実というものは理解できないと思います。もっと県民の意見を聞き検討すべきだと思います。
○教育現場の金による管理強化は、そもそも教育とは何かという基本にかかわる問題です。強行すれば「土佐の教育改革」で積み上げてきたものさえ水に流してしまう事態になります。絶対許せません。
○「県民アピール」のとおりで、教育を破壊する暴挙です。
○今、さぼるような先生方がいるのでしょうか。金で教職員の資質向上を図るとは納得がいきません。教育委員会の詳細な考えを知りたいものです。
○教育現場になじまない政策です。何をもってかくのごとき第2の勤評を導入しようとするのか、現場を離れていても憤怒のわくのを覚える。当局の方針撤回を強く望みます。
○本当にこまったものですね。県教委は何を考えているのでしょう。日本の将来を考えると空恐ろしくなってきます。断固として反対しなければなりません。
○教育現場に差別感、不信感を持ち込む教育政策は絶対反対。県教委のいう教育政策とはどういう内容なのか疑いたくなる。県民の声を聞き、納得のいく教育行政の姿勢を示して欲しい。
○敗戦後の民主教育創造と実践に参加し、「勤評は戦争への一里塚」と、人の師として良心をかけて闘い抜いた。私共はこの度の暴挙は座視できません。「土佐の教育改革」が泣いています。
○一部の先生が頑張っても学校が良くなるはずがありません。「成績率」導入、この制度は教職員の和を乱し、生徒の差別につながるものと思います。また、評価は難しく、生徒は卒業後にしばらくたってよい先生であったと感じることもあり、教師の基準そのものが簡単に示せるものと思えません。今や教育は学校だけで行えるものではなく、行政も含めた県民参加の教育を期待いたします。
○この制度には絶対反対です。教育活動は学校の全教職員の共同と協力、そして地域や保護者の連帯がなければ成果をあげることができません。その中核となる教員に差をつけて、一人一人を分断することはやってはならないことだと思います。かって「勤評は戦争への一里塚」といったことが、戦争法のごり押しで現実のものになろうとしている時に、職場の共同と協力を分断するようなことは絶対許せません。
○教育危機は増すばかり、現場教員の信頼関係は崩され、意欲がなくなり、近ごすい人間をつくるばかりで励みにならない。勤評闘争の怒りが込み上げてくる。現場教員は苦しいが団結して闘いに立ち上がれ。
○教育は「共育」といわれるように、教職員集団の協力・共同によって成り立つ仕事である。ボーナスの一部に「成績率」導入などということは民主的な教育活動を崩してしまう制度であり、絶対に阻止しなければいけないと思う。
○本来、教職員は一つのチームであり、それぞれの特性・感性であたるもので、職務に格差があるはずもない。主任手当、そして1〜3等級給与体制と動く中で遂に来たの感。これからも長い闘いが続くかもしれないのですが、世論を信じて進まれるように。個人としては力はありませんが、皆と一緒に行動する事ができると思っています。頑張りましょう。
○「過去の歴史に学ばぬ者に未来はない」といわれますが、激しい勤評闘争の是非はともかくとして、学識と経験、教育現場における愛と献身の姿を知っているものとして痛憤を感じます。教育現場において、管理職と教職員の和と民主主義を根底から覆す方針は、児童・生徒、保護者をはじめ地域にとってもマイナス以外の何ものでもありません。まれに見る教育改革の成果を評価し、謙虚に学び、それを県民に十分知らせるべきだと思います。今回の方針は、保守的・封建的思想に基づく管理強化であって、「一人一人の汚れなき子どもを自由に、のびのびと育てたい」教職員や父母の切望を目に見えぬ刀で断ち切るものです。
○学校教育に与える影響を考えるとこの制度には賛同しかねます。また、評価に当たる学校長や教育長が公正な評価をなし得るのかも疑問に思われます。県教育委員会はもう少し慎重に検討を重ねて欲しいと思います。
○今日、社会的問題になっている、いじめ、不登校などは、学校を取り巻く管理主義、能力主義によって生み出されたものである。学校教職員に「成績率」による能力主義・管理主義をストレートに持ち込むということは、この教育荒廃に一層拍車をかけることは明らかである。子どもたちの苦悩は一層深刻となる。
○県教育委員会は何を考えているのか。本当に腹立たしく思えます。今、学校では、校内暴力、学級崩壊と教育危機が叫ばれています。今こそ、教職員、保護者、校下の住民が一緒になって学校教育を考えていくべきときです。教師職員の和を壊し、差別を持ち込むことは、教育にとって大きなマイナスであり、崩壊につながると思います。私も地域住民に訴えていきたいと思います。
○今こそ教職員が一つになり、教育にあたらなければいけない時だと思います。この時に教職員に不信を招き、意欲をそぐような制度は百害あって一利なしだと思います。やめるべきだと思います。
○教育現場に多大な混乱や疑惑をもたらすこの様な制度は如何なる根拠に基づいて実施されるのか、理解出来ないし、絶対反対です。百害あって一利なく、現場教員のみならず、各市町村教育長等と一致して反対運動を起こし阻止して欲しいと思います。
○教育の民主化に逆行し、仲間同士の連帯の妨げになる悪意のこころみであり、どうして今頃そんなことを持ち出したのか真意が分からない。県民の良識ある人々に中止を呼びかけるべきである。勤評をたたかった私たちには怒りを感じるものです。大いにアピールして下さい。
○教職員が目標に向かって励まし合い、努力していく中で、教育の成果はあがるものだと思います。今回、県教委が実施しようとしているボーナスへの「成績率」導入は、教職員集団に不協和音を起こし、団結にクサビを打ち込むものです。教職員相互の信頼関係が崩れては教育効果が上がるはずはありません。「成績率」導入は教育権場には絶対なじみません。早急に中止すべきだと思います。
○退職と同時に「ふれあい教室」で不登校の子どもと共に生活した。その時、彼らに教わったことは「学校に不登校児を阻害する要素がいっぱいある」ということでした。それなのに教職員の賞与に格差をつけ、教職員をばらばらに・・・。そうすれば不登校の子どもの側に立つ先生の数はぐーんと少なくなるであろうに。「賞与の格差阻止に向かってこぶしを高く振りあげる」
○「みんなで教育改革を」のスローガンをぶち壊すものは絶対反対です。教育実践はみんなで力あわせて行うものです。一部の教職員だけでできるものではありません。こんなことを許しておれば、給料も差別化されていくでしょう。みんなで反対しなくちゃ!
○深刻な教育現場の中で、職場に大きな溝をつくり、互いの信頼感を奪ってしまう「成績率」導入に強く反対します。子どもを中心とした地域教育活動が実を結んでいる時、県教委は何を考えているのか良識を疑う。
○永年中学校教育に携わり(S61年退職)、特に昭和30年代初頭の勤務評定反対闘争にかかわった者として、その経験から「県民アピール」の@ABの見解には全面的に賛成する。学校教育の教育的効果は教師集団の一致協力により高まるものであり、それを破壊する「成績率」の導入には絶対に反対である。教育行政はすべからく個人心理学の領域を越えて集団心理学の研究を進められる様、また、現場管理者に対してもその旨従事される様、特に望みたい。
○不景気で一家を支えている立場の者の失業率5%、当然求人率も少なく、我が国は沈没寸前。こんな中で、教職員、一般公務員の身分、給与に関して世間の風当たりは強く、公務員天国と評されている。優秀な一割の教職員にボーナスで差をつけることには反対であるが、あっさりいってどうにもならない教職員が何%か?現場におるのも現実ではなかろうか。これに対して今までは異動などでたらいまわしにし、保護者の目をそらしてきたが、このような教職員に一律の給与、ボーナスはおかしくはないかとの見方も根強い。少しは血を流すこともなければ押し寄せてくる悪行政の波を堰止めることはできなくなるのではないか? 教職員の学校配置、学校の統廃合、教育課程の目まぐるしい改悪等などに対しての解決が、後手後手でなく、先手先手で県教委に仕掛けることが大切ではないか。そのためには教職員がバラバラでは何もできない。
○橋本知事は、有名大学の出身で、そのご著書を読ませていただいて思うことですが、頭脳明晰であることは十分わかっています。しかし、新聞報道が事実であるならば次のことに納得出来ません。すなわち、「学校の先生が子どもたちに成績をつけているのに、先生に成績を付けないのはおかしい」と言われている点です。確かに学校の先生は子どもたちに成績をつけています。しかし、それは励ましが中心となっています。例えば「A君は計算力があるが思考力がやや劣っているので、もう少し思考力をつけるよう頑張ってください」「漢字が弱いですよ。力をつけるようにして下さい」など。勤勉手当の様に金銭が伴いません。しかし、勤勉手当への「成績率」導入は違います。教育の仕事には確固たる評価基準がありません。そんな評価をもとにして金銭が決まります。明るい職場は期待出来ません。貰った先生もうれしくないでしょう。私は知事さんに言いたい。教育改革は先生方の指導力(教育力)を高めるようにすることです。このことが高知県の教育の振興につながると思います。勤勉手当への「成績率」は撤回して下さい。お願いします。(追伸・先生方の評価をしたいなら私は文章表現にするべきであると思っています。例えば指導力のある先生、子どもを大切にする先生、などの文書表現で十分だと思います)
○勤評もここまできたかの感である。何を血迷ったのか県教委。そんなことで正当な教育が本当に成り立っていくと本心で考えているのだろうか。かって私たちは勤評は教育を壊すものとして首をかけて闘ってきた。勤評制度下の教育は「いじめ」「自殺」「学級崩壊」という現状をつくってきたではないか。また、「勤評は戦争への一里塚」とみんなで確認しあった。今になって本当にそうだったと痛感している。戦争法をはじめ、悪法がどんどん国会を通過している。「教え子を再び戦場に送るな」と言った先輩の多くは故人になったが、今こそ大声で叫びたい。
○教育とは教職員の共同の営みによって成り立つものであり、それを破壊するランク(格差)付けを導入することについて断固反対します。評価はだれが付けるのか、市町村の教育長でしょうか。職場の内容のわからない者がつけていいのでしょうか。何を基準に付けるのでしょうか。生徒に良い先生か、悪い先生か、保護者が良い評価をしても学校長、教育長が良い評価をしないことも・・・。教育長、学校長の評価は誰が付けますか・・・。もっと他のことで教育改革を考えて下さい。少子化の問題をはじめ、その他、たくさん教育を改革することがあるのではないでしょうか。子どもたちのための教育改革をして下さい。
○成績率導入には、絶対反対です。闘いを大きく広げていきましょう。
○これ以上学校教育の中に競争を持ち込むことは、今の教育危機を一層ひどくするものです。多くの人に知らせていきたいと思います。
○私には中学生の妹がいます。大切な妹がよりよい環境で学べるように私も力を尽くしたいと思っています。子どもがよりよく学べるようになるには根本を変えることと、私たちの努力が必要です。決して「成績率」の導入ではなく。
○先生それぞれの個性があり、どうすれば子どもを良い方に導けるのかを考えて仕事をしているのに、すぐに成績と結びつけるのはおかしい。何年単位で芽が出てくるのが子どもです。だからこそ、この制度はおかしいです。
○民主主義ルールに反し昔日の勤務評定に等しいこの問題については、絶対容認できるものではない。
○勤務評価は仲間の分裂を生み出す元です。絶対に反対です。
○「成績率」の導入は教師間の信頼を欠くばかりでなく、子ども達への影響が大きいと思います。心の教育≠ェ求められている今、もっと慎重に討議されるべきだと思います。
○政治は悪い社会環境を生み出してはならない。悪い環境は悪い子どもを生み出す。教育改革の本質は、企業的発想では解決しない。高知県の教育は、高知という土壌の中で育つ。国民が主人公の国づくり、県づくり、町づくりの中で民主主義を確立しつつ、質の高い市民・町民・村民づくりから始めること。選挙前後の会派づくりのように「金」で解決できないのが教育だ。金でゆがめるな教育を!
○学校現場で何で今なおかしな事がまかり通るのか分かりません。絶対おかしい。
○一体どのような基準で評価するのですか?上司も人間だから、正当な評価ができるかどうか疑問です。合理的能力主義のやり方も一理あると思いますが、その個人の努力や発想が正当に評価されるなら納得する部分もありますが、今の日本の考え方はおかしい。
○審査基準等が曖昧なまま実施するとなれば、優劣の比較が偏重される危険が予想され、子どもの教育・成長過程において、ゆがみが生じる可能性もあり、評定基準を明確にし、ディスカッションを行った上で実施すべきと判断される。
○評価の基準等疑問が感じられ、実施によって子ども達にはねかえっていくのか…、とても考えられません。
○教職員を分断し従属させようとするもので断じて許されません。制度の廃止を求めてともに闘いましょう。
○優秀な教員だけにお金をアップさせるのは反対。これを決めるのは校長でもそんな権利はない。子ども達の受ける教育はみんな平等であって欲しい。それよりも子どもたちが学校やクラスの中で、伸び伸びと生き生きした教育活動ができるように先生同志が手を取り合い教育の輪を広げ、保護者も一緒になって子どもたち一人一人の心の豊かさに目を向けていって欲しいものです。
○教育する努力をどのような方法で評価できるのか、はかれるのか驚かされる!!教育は細やかな心の育てから行わなければならないのに、評価ということはどういうことなのでしょう。人間教育の根本をもう一度考えて欲しい。
○絶対反対です。教育までこれ以上統制していきたいという考え方がとっても怖い!!
○何とも腹立たしい県教育のやり方です。上位2ランク11%とは、まるで5段階評価の%に似て、「優秀・優良」の人が11%と枠をはめること自体バカゲている。(勿論これは一歩下がってこの制度を認めたとしても…の話です。)アピールにあるように、「教職員共同の教育活動が崩される」ことを最も危惧します。これは当局が最もねらっていることです。
○まさに新たな勤評ではないかと思われます。教育の荒廃が叫ばれている中で、真の教育改革の実現のために、必要なものとは考えられず、人間として教職員にもそれぞれの能力・個性があり、一律の評価で決められるはずがありません。かえって悪影響が出てくることを恐れます。暗い時代がしのび寄っているとき、教育の世界だけは健全であって欲しいと願うものです。
○県教委は教職員のみなさんが「お金でつられる」と思っているのでしょうか!?先生方「バカにするな」と怒るべきです。「評価」されたくて「努力」するような先生には、子どもを預けたくありません。常にベストを尽くしておられる先生方に対して、とても失礼な制度です。
○11%に入れられたら、普通の人は心身の重荷がまた増えそうで惻隠の情がわいて来る。
○教職員のボーナスに格差をつけるなんて絶対反対。
○益々教育が荒廃することのような制度を導入する県教委の姿勢は許せません。見識を疑っています。
○ボーナス支給に格差をつけるやり方、つまり日常の教育活動に従事する教職員の内の11%の者だけの功労として、その者だけに金銭(給与)で報いようとする下劣なやり方は悪質であり、教育の破壊であり、日本の民主教育の将来を案じます。勤評より更に悪質。ボーナス11%の対象者は勿論「君が代」「日の丸」のリーダー格。
○教育は教員相互の協力によって初めて行われるものである。これが実施されれば、小学校では、問題児のいる学級を避けていくようになり、人間のエゴが露骨に現れ、教育現場は混乱し、「教育改革」どころではなくなる。絶対反対。地域へ出て訴えるべきである。
○おめんめは生徒・児童に。上を向いたらおしまい。
○県民アピールに全面的に賛同します。
○@校長の選任方法に疑問を持っています。(例えば、校長の大半は独教組出身であるとか)そうした体制ペッタリの校長に決定権を持たすということは、依怙贔屓を生むと同時に、校長の権力志向を高めると思います。
A教員同士の信頼関係を分断し、学校内で対立関係を生じます。
B元々こういう制度は必要ありません。
○県民論議を強く求めます。
○県民アピールに全面的に賛同いたします。
○勤評からボーナスの成績率導入と来て、やがて給料の格差をつけて職場を分裂してくるのであろう。反対。ガイドライン法→盗聴法やがて徴兵制へと来るのではときな臭さを感じるこのごろ。
○「県民アピール」に大きく期待するものです。こういう取り組みがない限り、前進はありません。私も退職と同時に県教組のみなさまにご支援、ご指導いただき、障害者運動の幡多の夜明けを見ることができました。署名活動、陳情と運動の輪は広がり、「幡多希望の家」「中村養護学校幡多希望の家分校」と大きな成果を作り出しました。いまこそ新しい運動の波を大切にするときです。県教組の皆様、高知県のために頑張って下さい。
○元中学校長、元安芸市教育研究所長として「ボーナスへの成績率導入」には絶対反対します。たとえ現職校長であっても、こんなひどい制度を認めて11%の教職員を報告することは絶対にできません。学校教育を破壊します。教職員がバラバラになります。「土佐の教育改革」に期待していましたが、県教委は何を考えているのか。県教委の各教育委員の意見を個別に聞きたいものです。側聞するところでは、この案は橋本知事から出たと聞いています。パフォーマンス旺盛な知事のやりそうなこと。秋の知事選挙では落選をめざして闘うぞ。
○教職員はもちろん、私たち保護者にとっても大変重要なことが十分の論議もせず、行政が一方的に決めることに反対します。
○だれにとっての「優秀な職員」なのか。評価基準さえ示さず、民主的な教員のしめつけにつながるようで危険に感じる。
○教育の場は命を守り命を育てるところです。人間を育てるところです。お金で汚さないで下さい。物を生産する場所ではありません。
○教育は一人の教師の力ではできません。全員が支え合って成果が上がるものです。成績率の導入はこれを根底から崩すことになり、許せません。
○このような行政方針で教育が良くなるとは考えられません。今進めるべきは、クラスの生徒数を減らし、教職員を増にして行き届いた教育を進めるべきです。行政は教育基本法10条Aに立って、諸条件の条件整備こそ基本とすべきです。
今日の教育行政は、子どもの立場にしっかり立って、教師、住民と手をつなぐ姿勢こそ求められる…そのためにも共に頑張りたいと思います。
○3月議会でもこの問題を取り上げました。教育長の答弁は、民主教育のイロハをわきまえないものでした。
引き続き6月議会でも追及しますが、現職教員と共に広く地域に訴えていくことが大切だと思います。
○内容を知れば知るほどこの制度の導入に反対します。高知県だけというこの制度を認めるわけにはいきません。団結して導入に反対しましょう。
○私たちがまだ若かった頃、勤評が始まり反対闘争をしたことが思い起こされます。あれからもう40年、じわじわと本当に少しずつ首にかけた網を引っ張られてきたんですね。まじめな者が泣きを見る現在の世の中に早く終わりをつけたいものです。
○教育に対する教師間の共同の心を分断する制度に絶対反対します。
○教職員のボーナスへの成績率の導入の目的が@教員の効果を上げるためか、A予算不足のためか。@であれば効果なし。Aであれば公平にすべきで、教育の現場に不信が生ずるだけだと思います。
○教育は人間の共同による創造の営みである。ちっぽけな部分的な競争などでは決してない。
このことは現場で本当に学んだ教師なら誰もが普通のこととして実感しているし、おえら方はそこのところが分かっていない。
○学校現場の教育活動はそれぞれの分担により成り立っている。協力により大きな力となっている。叱り役もあれば、ほめ役もあり、必要に応じて様々演じることもある。チームワークが教育効果を高めているのに個々に寸断するとは何がねらい?
○子ども中心の学校で子どものためにお金を使って下さい。障害のある子どもたちが学校で歩行しやすいようにするとか、エレベーターをつけるとか。
○教育を金銭で評価することはできないと思います。教職員が力を合わせて取り組もうとする教育活動に上下の差はいらないと思います。子ども中心の学校です。子どもたちのためにお金を使って下さい。
○現場の教師は誰もが子どもたちのために教育活動を行っている。いったいどういう点で評価してボーナスに差をつけるのだろう。このお金を教員の研修に使った方がずっと有意義ではなかろうか。
○知事は何を考えているのでしょう。教師たちが心を合わせて対応しなければならない時に。この制度に反対します。
○学校現場が大変になっている時に、成績率を導入すると、ますます学校現場は混乱します。教育改革にはならないと思います。
○成績率導入はしてはいけません。ますます学校を混乱させます。
○子どもにも、先生にも成績を唱える成績至上主義には反対です。
○職場のみんなが連帯して取り組みを進める条件を作って下さい。30人学級実現に取り組んで下さい。地域に開かれた学校づくりを進めてん下さい。
○「土佐の教育改革」を進めるために奮闘している教師が、一方的に賃金格差をつけられることは、職場に差別と対立、教育に混乱をもたらすのみ。反対です。
○教育危機を乗り越えるために一番大事なことは「指導者の連帯」だと思います。成績率導入は、下痢で苦しんでいる病人に下剤を飲ますような方法に思えて身震いします。
○「優秀な職員」は誰が選別するのか。「ごますり」「袖の下」が横行し、要領の良い者のみが美味しい汁を吸うようにならない保証がどこにあるのか? 成績率導入絶対反対。
○お金で努力を絶対評価できないと思います。先生たち、親、地域、行政の力を合わせ、子どもが中心の学校を作っていくためにもこの制度は必要ないと思います。
○どこまで教育をゆがめたら気がすむのでしょうか。子どもたちの悲鳴が聞えないのでしょうか。将来の兵士をつくるための協力など絶対できません。悪魔に変身して殺されるのは父の世代だけで充分です。
○こんなことを許したら「土佐の教育改革」が泣きます。誰も賛成しないこの制度をなぜ全国に先駆けて実施しなくてはならないのでしょう。高知県民として恥ずかしい思いです。
○小学校の息子をもつ保護者、高知県民の一人として、教育において児童、教員もすべて平等でせなければならないと思う。どういう判断で決めるのか。決めることはできない。もっとすることはいっぱいあるやろうと思う。
○報酬で評価を明らかにすることには反対しますが、子どもや保護者から評価されることはおおいに賛成です。子どもたちは先生を選ぶことができないのですから、努力を惜しまない先生であってほしい。
○県民参加の「土佐の教育改革」、さすが高知だ!、と感激して高知県人であることを誇りに思ってきました。そして今、高知に居を構えた途端に「成績率」の導入決定。どうしたことか!、と我が耳を疑ったものです。考えられないことです。なんとしても中止を。
○教育の場で何をもって先生の成績を判断するのか。先生はもとより子どもたちも混乱するばかりではないか。こんなことをしても子どもの教育はよくならない。もっと真剣に教育改革に取り組んでほしいものだ。
○教職員の格差付けはやめて下さい。お金は学校の環境や教育のために使って下さい。エレベーターの設置もよろしくお願いします。
○かって私は読書のおもしろさ、学習・新発見の楽しさを先生に教えていただきました。生きる力の源となりました。先生の評価は子ども自身が大人になってからすることでは? 勤評の物差しではとてもはかりきれないと思います。先生の力量と全人的魅力の発揮できる学校現場にしたい。
○学級崩壊、不登校、いじめなどが起っている時です。教職員のボーナスや成績率など言っている時ではないでしょう。
○無知なのか、意図的なのか。これを実行すれば現場がどうなるか、子どもでも理解できることです。本音を聞いてみたいと思います。
○今、学校で不登校、いじめ、中退などに取り組んで下さる教職員の方にボーナス格差のないようお願い致します。
○教職員の共同の教育活動があってこそ本当の教育活動ではないかと思います。
○「勤評」のさらなる具体化である教職員の共同の教育活動を破壊し、教育の統制・強化を推し進めるものである。戦争法、「日の丸・君が代」の強制など・・・これは再び戦争への道ではないか。
○今、学校で起っている問題にすごく不安があります。その上にこのような制度を導入しようとしている教育委員会に不満と怒りを覚えます。
○21世紀の子どもたちにこんな制度はよくありません。「土佐の教育改革」の方向を大切にして下さい。
○「成績率」の導入で教育は改革されない。教職員の共同の障害になる。
○学校現場の実情を把握せず、思いつきの施策を次々と学校や教職員に押し付けてくる知事、それを鵜呑みにする教育委員会にはらが立っしかたない。そういうことが是か非か、しからば方法は、等もっと広く深く検討・討議を重ねてからでも遅くはないはず。何の目的でそれほどことを急ぐのか。不可解極まりない。
○教育現場に新たな問題を持ち込む事になりはしないか。教師が子どものための本当の教育に一生懸命力を出せるか不安。
○「土佐の教育改革」が始まった矢先に、また、第2の「勤評」とは許せません。制度の性急な実施を見合わせるように願っています。
○成績率の導入は教員の仕事になじまないと同時に、校長に正確で公平な評定ができるとは思えない。
○過去の勤評騒動を思い出します。職場に混乱を起こすことになりかねない。教員がみなそれぞれ努力をしていることを考えて平等にすべきである。
○教育の現場は万全の条件の持ち主ばかりではありません。時には努力しても力が及ばないこともあります。そんな時、助けられ、励まされることこそが教育の場にふさわしい共同です。
○どのような基準で評価するのか疑問です。支給で格差を付ける目的は何でしょうか。理解ができません。
○教育委員会や学校長が先生の査定をするのではなく、子どもたちに先生の人気投票をさせたらと思います。
○教職員にこれ以上、押し付け、締め付けをしないでほしい。すべては子どもに影響します。子どものことを思うなら、先生方がそれぞれの個性を出して子どもと真に向かい合うような教育にして下さい。
○教育者を侮辱し、教育現場を混乱させる驚くべき制度の導入です。呆れてばかりではおられません。
○私は教育の素人ですが、勉強はわかってこそ面白く希望のもてるものになると思います。わからないことは苦痛だと思います。詰め込み教育と5段階相対評価で子どもたちを分断し、先生と保護者の相互信頼が損なわれて今日に至っていると思います。先生には勤務評定を導入し、今回は成績率を導入し、教職員の信頼と協力を分断する、こうしたやり方については文部省、県教育委員会にまず反省を求めたいと思います。教育の在り方についてはもっと論議されるべきだと思います。
○教育者に企業の競争原理を当てはめようとする不合理さを真正面から批判し、世論にしていきましょう。
○一個人(校長)が評価をする時、全く感情的なものを含まずにできるだろうか。人間を相手にする教育現場で、一律の評価が果たして子どもたちに良いかたちで反映されるのか? メリットよりもデメリットの方が多いと思います。
○学校教育は子どもたちが主役です。教職員は子どもたちのサポーターです。個々の能力をのばし、成長していく姿を見守って、助けてあげるのが本来の教育では。したがって格差をつけることに反対します。
○甲さん「学校って楽しいネ」
乙さん「生徒さんの個性がゆっくり出るわね」
丙さん「そんことより点数をあげなきゃ」
ボーナス査定後には、
甲さん、乙さん「働く楽しみってあんまりないね」
丙さん「ボーナス増えて、みんなに嫌われ、やれやれ…」
○常に評価の目で見られている先生に、子どもたちの個性を花開かせる教育ができるでしょうか。
○上田庄三郎の戦前の抵抗の辞。「学校が兵営でない限り、学校が牢獄でない限り、学校は、子どもたちに最大の自由が認められ、最大の創造力を培う殿堂であらねばならない。これに圧迫を加えようとするものは、もはや教育を語る資格がない」これを復唱しながら、県民が教職員とともに高知の教育を論議する時だと思います。
○学校で11%の者を選別するということは、全員のランク付けが必要ではないでしょうか。論理的な橋本知事にしては非科学的な発想ですネ。校長は一人一人の力を引き出すことが大切ではないでしょうか。
○制度は作ることもできるが、変えることもできます。性急な実施には勿論反対ですが、性急に結論を急がず、粘り強く、市民に説得力がある運動を切望します。運動と職場の教育実践を一致させて下さい。
○昨今の子どものあれ=iいじめ・非行etc)は、家庭と社会とそれを先導する政府、あるいは世界情勢等にあると思われるが、今の日本では自由∞権利%凾ェ過度になっており、皆が自覚すべきだし、悪影響を及ぼすものは規制すべき。PRの必要が必至。
○学校現場をゆがめるこのような制度は絶対反対です。
○黙っていられない時期にきたと思います。
○保護者の立場としても賛同します。
○土佐の教育改革に水を差すもの。
○歴史は繰り返されるではありませんが、今まさに第二次世界大戦時の教育界へ逆戻りするような不気味な時代へすべり出しています。心ある人々と共に人柱になってでもそのような悪い流れを阻止したいものです。
○公正な評価…難しい内容であり、改善すべき問題がもっと多くあるのではないでしょうか。
○ご苦労様です。憲法で保障された、誰でも等しく教育を受け、成長していく国民の権利を侵害することにつながる「成績率」導入は賛成できません。頑張って下さい。
○何のために誰のために「優秀」な先生を決めるのでしょうか。みんなが喜んでいない制度を導入することに疑問を感じます。他にすることがいっぱいあるでしょう!!
○教育の現場にこのような「評価」を取り入れるのはおかしい真の教育のために、もっと論議を尽くして欲しい
○なぜボーナスに対してこのようなことをするのか、全く理解できません。成績うんぬん、子ども・親・教師それぞれ違う視点なので、もっと違った形で評価できないものでしょうか。
○教育は子ども達の瞳を見て考えるもの、行うもの。教育委員会や校長が教職員・地域・保護者と共に「子ども」を真ん中に置いて取り組む仕事に優劣はありません。みんな同等の重みがあります。早急に県民の力を合わせ、教職員を分断する「成績率」導入に反対しましょう!
○三月議会で質問させてもらいました。議事録もできておりますのでお読みいただければ幸いです。なかなか満足する答弁をいただけませんでした。
○先生方は学校、子どもと日夜努力して居ります。私達も頭の下がる思いです。今回のような成績率の制度は教員同士の不和の元です。
○教職員間の不和の元。評価する前にもう一度教職員の立場を考えるべき。このまま進めば、決して良い先生は生まれないと思う。
○「先生」という職業は、一番「子どもが好き」、「公務員で安心」2番の人になってもらいたい。結局、仕事に対してのやる気。高知では「先生と教育委員会」がふんぞり返っていると、他県の人が見ている状態では、子ども達が損をする。
○生徒も先生も楽しい笑いのある学園生活を送れる雰囲気を!!その為には先生方の安心した職場保障を!
○学校の存立基盤は親の願い子どもの願いですか。上の方にばかり目のいく教師を育てようというのでしょうか。物言わぬ教師をますます増やそうというのでしょうか。不振と猜疑は教育現場にはふさわしくありません。
○教育効果を上げるには全教職員が共通理解のもと児童生徒の指導に当たる、これが学校教育の基本だと思う。教師集団に分裂・混乱を持ち込む「成績率」は当然良くない結果を生むと思う。
○「県民アピール」に全面的に賛同します。「成績率」の導入など、教育実践の「評価」ができるわけがありません。
○先だって美容院へ行ったら「成績率導入」が話題になっていました。そのときの会話の断片を。「まあ、昔の校長先生は偉かった。『勤評は出さん』と言うたら首になっても、降格されても出さざった。信念を持っちょったし、勉強もし、見識も高かった。今の校長さんは、言われんけんど(と大きい声で言っている)ろくなもんじゃない。なんであんなに体育会系が多いがやろ。あんな人には査定されとうないろうねぇ」
「大二郎は『先生も生徒に点をつけるき文句言うな』言うけんど、少なくとも先生は通知簿わたす時に、テストの点はこうで、授業態度は〜で」とつけた点を見せるし、その説明ばぁはするぞね。第一先生は今どき人を競争さす相対評価らぁしやせん。『皆いい点取りよ』って到達度評価が多うないかぇ?先生と生徒をいっしょくたにせられるかねぇ」
「いっそ生徒に点をつけらいたらどうやろ」
「生徒がつけようが親がつけようが、要するに先生の仕事の効果は点がつけれんということよね。お金が絡んだら一銭でも人間関係はおかしゅうなるに、何がねらいやろ」…
○教員同士の反目の元凶。子どもの教育には「無責任な人間」をつくる最悪の方法です。子ども不在の教育の本質を無視した制度です。
○教育は皆、教員が和のもと一体となり進めなければなりません。それが大切であるのにボーナス支給率に格差を付けるとは教育の崩壊を意味し、信をなくすことになると思い、ボーナスに格差を付けることは絶対に反対です。
○教師はお互いに統一し、団結することによってのみ真意子ども達を解放し、差別のないよりよい子どもを育てられる。教師といえども、人間。校長や教育長の見方一つで差別されて本当の教育ができるはずがない(過去にそんな苦い経験はいくつか体験している)。
○十分な県民の論議のあと結論を!
○県教委のやり方はいつも同じですネ。
○「成績率」導入は現場教職員の信頼関係を損なう以外、何の役割も果たさないことは明らかです。「県民アピール」に全面的に賛同いたします。
○現場教員に対する管理強化を案じます。職場のチームワーク・調和を乱す恐れあり。甚だ遺憾!!
○いろいろな問題も数多くあると思いますので、何回も会を開いて考え方の違いをなくし、評価される人や評価する人の色々な意見も考え子どもの気持ちを大事にする教員をつくりましょう。
○決してしてはならないことだと思います。もし実施されたら、どんなことが予想されるのか、もっと考えて欲しい。教師個人にとっても、学校内での仕事をする上での人間関係、それに及ぼす生徒達への悪影響は絶対に起こってくるはず。絶対に賛成できません。
○教育現場が色々と苦労している状態を賢明に取り組んでいる教員の心を十分理解し、競争主義を起こさせないようにして下さい。成績率は絶対やるべきではない。
○教職員のボーナス支給に格差が導入されれば、教職員間に不信感が生まれ、子ども達を指導する上でマイナス面が発生すると思われる。
○教育現場への成績率導入は許せません。教育の充実のためには教師の自由を保障することが大切だと思います。
○勤評は教育をゆがめ、今のこども達の教育に大きな影を落としています。人間育てをどんな基準で評価するのでしょう。絶対反対です。みなさんがんばって下さい。
○評価する者と評価される者が納得できない評価などあり得ない。自民党県議の教育破壊の愚挙を県民の前にはっきりさすべきです。民間教育団体の研究会に私費で県外へ参加したりする教員や、南国市の研究所員に経費を支給すべきです。
○学校教育は一個人ではなく、集団で支え合って初めて成果が上がるものだ。いたずらに職場の人間関係を分断するような制度は百害あって一利なし。真の教育という仕事には、教師と子どもの心のふれあいが根底になければ成立しない。一体何を基準に評価するのか?人が「ひと」として正しく、強く育った証が、長い人生のどこで一番現れるのか誰にも分からないはず。教育という仕事の評価を、一般会社の商品販売成績等と混同しているのではないか。教育を金銭に置き換えて評価するなどもってのほかだ。
○教職員の共同の教育活動を、11%の先生だけの成果として選別・差別し、金銭で報償しようとする制度は、学校現場に混乱と亀裂をもたらす要因となることでしょう。
○いつも、いつまでも子ども自身が中心にすえられていない国の文部教育にこの国の不安な未来を感じてしまいます。
○職場(労金)に業績評価が持ち込まれ、組合運動は弱くなり、物言わぬ人間関係の悪い思いをしました。共に子どもの教育のため、手を携えていって欲しい教育現場では、人事考課は絶対に許してはいけないという思いです。
○評価の基準がはっきりとしていないようなので、おかしいと思います。「教育」とは、皆の先生が協力し、それぞれの立場で支え合ってこそ子どもの成長があるので、特別な人をつくるのは賛成できない。
○行政や管理職の一方的評価でボーナスが決まる制度が強行されれば、子どもの目よりも教育委員会や校長先生の目を気にする教育活動が強いられかねません。子どもに対して真剣な目を向けて欲しいので、「成績率」導入には賛成できません。
○企業のように製品の出来具合は単純に判断できない。教師が子どもを教育する場合はそのようにいかない。それぞれ個性がある。また評価する側の品性、人間性が問われなければならない(教育委員会側)ことである。
○上からの管理を強めるだけで、先生方それぞれの特技や個性を生かした共同ができにくくなる。この制度で、教育が絶対に良くなるはずがない。
○点数で子どもを評価し、偏差値教育を優先し始めてから、学校での心の行き場がなくなってきた子ども達。それを教職員にも導入とは、とても賛成できるものではありません。
○各々が各々の力量の中で子ども達の力を、能力を引き出そうと努力しています。だれがどれだけ頑張ったとは、評価できません。評価され差を付けられることで嫌な思いをします。
○教育活動は、教職員集団による取り組みであり、個々を点数評価する事により、教育効果を上げることにはならない。
○人間形成の大切な時期に子ども達が接する教職員を何を基準で図っていくのか。それが教育現場にどんな現象を起こすか、私は心配です。
○教職員同士がしっくりいかなくなれば、子どもに対する悪影響が出るのではないか、という心配があります。
○新ガイドライン、通信傍受法案もこれと同じ様な運動をして欲しい。
○職場の和を乱すようなことはやめて欲しい。
○ボーナス成績率導入はマイナス面が多すぎると思います。文部省、教委は、教師は労働者ではない(聖職?)といいつつ、単純労働者扱いにするような、金銭で評価することは自己矛盾以外の何でもありません。人間は馬ではありません。鼻先に人参(ボーナス)をぶら下げて走るのは馬です。人間はそれにつられることを拒否します。それで頑張る教師がいたら、金に左右される人間で、最低の教師でしょう。
○市場原理を支えているのは能率主義、効率主義、合理主義そして競争社会です。結果招来するものは「心の荒廃」「環境破壊」です。教育とは人格形成が目的であるのに、その結果を学力という係数で評価しようとする。挙げ句の果てに「私塾」と「学校教育」を競合させようと言う。はたまた、教員の期末手当の支給を勤務能率によって勘案し、相互不信の奈落に陥れようとしている。これら一連の考え方や取り組みは、教育を能率一辺倒の市場原理の上に乗せた考え方である。人間の社会は能率、不能率、合理、不合理が相俟ってほどほどの社会生活が営まれる。あまり、能率主義、合理主義に陥ると、自らの首を絞めることになる。「教育の破壊」と言うが、何も教育に限ったことはない。今日の政界、官界、経済界、どこに人間としての倫理があるのか。世間大衆の皆さん、民主主義の公僕であるはずの教育行政に携わる皆さん。世の中の理というものを学んで欲しい。