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otayori

2011.12/28

 クマに遭遇したときの対処について過去の新聞記事より

 

大出没した昭和28年秋に新聞に載った名文。(2011.12/28)

「クマと出くわしたら騒いだりせず、付近の窪地へ素早く伏せ、
 とくに顔を地面に、へばりつけ静かに息を殺していると
 クマは一応、背中を、なでる程度で危害を加えず、
 しばらくすると行き過ぎると言われている。
 これを『クマのささやき』という」

クマは、何が何でも強襲して来るものでは無い。
中には、人にオンブして無傷、3人に連続して後ろから抱きつき擦過傷一人、二人無傷などがある。
 最初の小さなクマの手出しが「ささやき」で、そのあと被害者が、どういう対応を取るかで重大事故へと拡大するか、その軽減法を私は近年、自然遭遇事故例(駆除、狩猟事故を除く)1524例、1863人からから探っている。

ツキノワグマとの遭遇での対処法での『死んだ振り』は悪い方法ではない。(2011.10/26)

 昭和23年以降の自然遭遇(駆除、狩猟事故を除く)での約1500件、約1800人ほどの事故で特に女性の事故で驚いて逃げようとして、うつ伏せに転び(結果的に死んだ振り)、意識的に死んだ振りをしたとされる例が実に多数あるが、これは女性が無意識的に顔を守る動作だ。
 過去には20歳、17歳、13歳とか(幼児の死亡も多発)の若い女性が顔を、ズタズタ(新聞表現)にされているが、その後の人生の質を大きく落とすことになる。
女性は頭部を両手で防御して耐えることが良い。
 男性でも転ぶ率が高く、人間は山野では情けないほど転ぶ動物だ。
 ナタで打つのは、熊の爪が届く範囲だ。
反撃することは熊の攻撃意欲を高めているようなものだ。
 攻撃が不可避で手に鈍器を所持していたら直接クマを打たなくても振って、自分を大きく見せることは効果がある。
 過去には自転車を振り回した、スコップとピッケルを打ち鳴らして2時間、クマと対峙して無事だった父娘、回転椅子を振り回した、などがあり持っていたらスコップが最良。
クマに、もはや襲われているのなら

(1)ばかやろう、と大声をだせ

(2)手でも、ザックでも何でも振り回せ。

(3)クマと離れて決着をつけろ

(4)クマとダンスをするな(長時間、クマに拘束されるな)

(5)最後は死んだふりと同義の首を両手でガードして体を丸めて地面に、うずくまる。
 

 「突如、クマと遭遇、即、軽い攻撃を受けて倒れて死んだ振りが多数、存在し、5分、10分後に静かになったので立ち上がったらクマが跳んできて再攻撃、重傷」となるケースもあり、怪我を軽くする示唆がある。
また軽い攻撃の後、死んだ振りをしている人の背を踏みつけて去ったり、両前足を、どんと置いてから去る例があり、優位性を確かめさせて、立ち去ってもらうのがよい。
つまり避けられなかった軽い負傷(とはいっても全治10日とか2週間だが治療後、翌日には立って憤慨を述べているものだ)は、どうにもならないが、次の強力な攻撃を、どうかわすかだ。
それが(1)~(5)だ。
初撃を、いきなり頭部、頸部に受けて重傷、重篤化する事故は、どうにもならず、入山する人は、せめて五秒前にクマを察知する意識を持って対処し、初撃を頭部に受けるな。
攻撃され気を失い30分後、3時間後、4時間後、6時間後に発見された人がいる。
山奥に入る人は治療地点が遠く出血多量になりやすい。
だから複数人で入山することだ。
熊は血にこだわる、その点でも出血多量は避けることだ。
さて「秋に向かって事故が増える」とする言葉が見えるが、昭和20~40年代を総計すると正確にM字型に事故は発生し7、8月に大きく下がる。
つまり事故は初夏と晩秋に多くなるのだ。
近年20年の総計となると、初夏分が低いM字型になる。

イノシシの出没について(2011.9/17)

当地にイノシシの出没が、ほとんど無し。
私が、この地に来てから初めての経験。
昨年の猛暑でイノシシの出産が減少して繁殖しなかったこと
ドングリ類が豊作なことで山奥にいるのではなく
海辺に近い旧佐伯町、大野町、方面で停滞していると思われる。
同様にツキノワグマも出没が極めて少なく、
昨年の凶作に加え猛暑で繁殖が下がった
影響で出没が減少しているようだ。

2011年度 西中国山地堅果類豊凶調査結果と出没予想(2011.9/10)

2011西中国山地堅果類調査結果

(1) ツキノワグマの食餌果実の豊凶状況
ブナが凶作、ミズナラが並作の下の状況。
野生のシバグリとコナラは豊凶に、ばらつきがあるが並作から豊作。
全体的には食餌果実は十分と思われる。
栽培クリは並作から豊作
ミズキは並作以上、クルミは並以下
ウワミズザクラが並作の上
柿は並作から並作の下に推移している。
南西部(旧吉和、旧六日市、旧錦町)地域では、ハイイロチョッキリによる果実の付く枝の先端部を切り落としが広がっている。

(2) 出没予測
西中国山地中央部での食餌果実の不足が生じており、周辺の里山への中規模な移動が、
予想される状況であるが、昨年の大駆除で個体数が減少しており
大きな出没は、この秋には生じないだろう。

  2011年9月9日
NPO日本ツキノワグマ研究所

 

 ・・・過去の記事

●更新履歴●

 

~共生への理念~

 クマを、この日本から駆逐するのか残すのか。西日本では駆除が進行して危険な状況になってきました。
クマに存在理由を与える必要はありません。私は次の理念により共生すべきものと考えます。
『クマと「自然の森」と「そこに住むあらゆる野生生物の豊かな生態系」は同義語です。即ち、クマを守るためには森全体の保全が必要なので、従って、クマが守られれば全てが守れるではないか』単なる除去論は21世紀の地球人が目指そうとする野生動物との共存理念に逆行するものです。
欧米人は日本を「公害まみれの工業国」と思っているだろう。イギリスには移入された鹿とアナグマしかいない。仙台、広島、札幌。百万都市にクマがいる国は日本だけだ。世界に冠たる日本の自然環境を誇るならクマと共存するべきだ。「クマは世界に誇る日本の宝」だと、われわれ日本人だけが、その事に気がついていないのではないだろうか。クマ(森)との共生という思想は、縄文以来の日本古来の伝統文化、そのものではなかったか。
日本が21世紀、世界に尊敬される国になるためには、クマ、森、自然との共生が全ての出発点・転換点になる。森を殺してクマを殺して、それで日本の素晴らしい伝統である自然と共生する文化を訴えられるはずがありましょうか。

◆活動履歴◆
1948年 青森県生まれ。秋田大学教育学部卒。
秋田県立鳥獣保護センター奉職後、秋田県生活環境部自然保護課勤務。
1986年以降、ツキノワグマの研究に専念し、1989年広島県にて日本ツキノワグマ研究所を設立。
2001年に特定非営利活動法人認可。
「野生の王国」「宇宙船地球号」など数々のテレビ出演や「クマ追い犬タロ」「ツキノワグマのいる森へ」など多くの著書を出版。
▼リンク▼
アウトバック クマ被害防除資材・アウトドア用品販売
     
紀伊半島、ツキノワグマと照葉樹林 吉澤氏サイト 主にクマ写真  
   
ツキノワグマ痕跡写真集
当所に在籍していた藤田昌弘のサイト クマ写真など

特定非営利活動法人 日本ツキノワグマ研究所 理事長 米田一彦
〒738-0301 広島県廿日市市吉和1107-328 TEL/FAX (0829)77-2080

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