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休止中








(2016.6/30)
 30日午前、鹿角市大湯で親子グマに男性が襲われて怪我をしました。
熊取平の南4キロ地点。
Google Mapをみると牧場群の外縁で発生しています。
今回の連続事件との関係は判断が難しいが、わずかでも危惧がある間は
入山中止勧告を続けるべきです。。
大湯地域は過去、事故は少なく以下の通り
83年 8月 鹿角市十和田大湯筑紫森
91年 8月 鹿角市十和田大湯
98年 5月 鹿角市十和田大湯十和利山
11年10月 鹿角市十和田大湯
15年 5月 鹿角市十和田大湯熊取平

 十和利山熊襲撃事件 今後について(2016.6/26)
1 関係したクマ

 ① 第四現場で目撃された150㌢(推定体重100㎏)のクマ,

   第一犠牲者は突然遭遇して被害者の頭頚部を爪で打撃して死に至らしめ、次いで蟠踞から食害。第二から第四までは最初から食害しようと抱きついて鼻先、首を 咬んで窒息させただろう。

 ② 5月26日に男性を襲うも撃退されたクマ。立つと160㌢ほど。
  遭遇者と10数分も対峙したという点、尖がらした竹で突いたら逃げた、逃げ型の攻撃(むだ攻撃)から、他のクマを恐れる3歳ほどか。5月29日に女性 を襲って臀部を咬んだクマは120㌢の3~4歳。2~3歳だと下半身攻撃が多いので、そこより少し高い年齢。
満腹していて攻撃性が低かったと見るむきもあるだろうが、それは秋の話。

 ③ 射殺されたメググマ。これは母子グマだという情報もあるが、公式発表が見られない。こういう重要な判断材料が一貫して出ていない。
 昨秋のドングリ類の豊作で、4歳以上のメグマは、ほとんど出産し、事件発生時3ケ月齢の子グマを連れて、交尾期の危険期に他のクマ(人間をクマと見間違 う習性もある)と接触しないようにしているので5月は反撃性、攻撃性は低く、全被害者を殺害したクマとは思えない。
 ただ第四犠牲者の女性では殺害した可能性はある。過去の食害例では2例の女性の遺体に蟠踞していて射殺されているからだ。そうなると殺害に及んだのは2 頭ということになる。
 子別れ前に、子グマたちだけで人間を襲わせる野生化訓練を、母グマは傍観している例が多数あり、母グマの習性は子グマに伝わるので、今回、メスグマを射 殺したのは将来へ好結果をもたらすだろう。

2 蟠踞グマの射殺、打撃

 戦後期の自治体警察は市町村長に所属し、警官が積極的に拳銃を使用してクマの出没に対応している。この制度が廃止された昭和28年にクマの大出没 (2006年大出没以上)が重なり混乱した。
今世紀でも警官によるイノシシ、クマへの銃撃は多数ある。
 秋田県での蟠踞グマへの対応だが、79年5月阿仁町では警官が2発、発砲、83年6月田沢湖町では樹上のクマを射殺、93年5月由利町では23時と収容 が早く、 07年6月仁賀保町では発砲、逃走し、連続殺人事件にはならずに済んだ。
打撃を与えるだけでクマは「人間は恐ろしい」と学習するのだ。
連続人狩り事故を防ぐには、初期の発生地点で、個別に将来の憂いを潰すことが重要だ。

3 今後に向けて

 今回の事件に係ったクマは何頭だったか、その性別、年齢などを知るために早期に現場に残存している全ての資料を回収するべきだ
例えば被害者に付着したクマの体毛、現場に残存しているクマの体毛、糞に含まれる被害者の衣服の残渣などの、捕殺すべき対象クマを確定する調査だ。
県庁は「クマの事故」と漠然と捉えてきたように見えるが、これは「問題グマ個体による連続殺人事件」なのだ。
警察は、その鑑識能力を発揮すべきだ。それ風に言うと、1件目は業務上過失致死と死体損壊、2~4件目は殺人と第2第3のクマも含めた死体損壊だろう。
これまでクマが、いつ頃、笹原から移動するのか、糞の消失期間と咬合していたが、既に限界点に来ている。

 過去120年ほどの間で「タケノコ採り」とされるクマ事故で最終日時は、負傷は2006年7月9日山形、死亡は1983年6月24日秋田で、以後、どこ かの時点で笹原に突入しなければ将来、この地での重大事故を軽減できなくなる恐れがある。
 もはや行政の調査を待っていられない状況だ。

4 秋以降、来年のタケノコ採り期まで

この秋はドングリ類が凶作になると予想されており、母子グマが多いので事故が多発するだろう。今回の事件に係り、残存した2~3頭は今後、どの地域に出没 するかの予想だが、リンゴ栽培地帯へ移動するのは必定だ。

 ①夜間、物音、犬が鳴いても果樹園を見回りしない。

 ②過去、温泉地での事故は60件ほどある。それは残飯、焼肉、揚げ物に釣られて中心街に侵入したものだ。大湯温泉街は峡谷にある温泉と違い、平坦地に分 布するので、過去の例より安全と想われるが注意が必要だ。

 ③朝夕の犬をつれた散歩は厳禁。犬がクマを及び込み重篤、あるいは追い払 っ軽傷、無傷の両極端がある。

 ④ニワトリ、養豚場を襲ったクマは殺処分する。

 ⑤クマへの過剰対応がなされるだろうから、全体を見て軽微な被害は奥山放獣に努める。

 ⑥鹿角大湯地区でのキノコ採りは危険の最上級。若いクマが下半身にしがみついて離れなくなるぞ。

 ⑦今後も未曾有なことが起こり、我々の提案、助言は役に立たたない。

 ⑧今年中にケリを付けなければ警備陣の負担増が続くだろう。

 警察幹部が「無力感がある」と発言していることは、市民の生命財産を守る立場からの真摯な言葉に胸を打たれた。ご苦労様でした。


 緊急広報活動2(2016.6/21)
クマの凶暴化という言葉について。クマは人を殺して精神に異常を来たして悪魔になったのではなく、 「人を食う」という選択肢を広げただけなので、使いたくない言葉なのですが、事の説明上、入山抑止のため用いています。「味を覚えた」「選択肢になった」 が適当です。
凶暴化は人間側に不利益になった状態をいうのです。
今回の事件は、アバたちの早朝入山も問題だった。
来年は9時からの入山にできたら事故に遭う率は激減するだろう。だけどアバたちは守らないだろうな。
鹿角市が6月26日に行われる「四角岳清掃登山」を中止したのは胸が痛む。
7月初めに私は現地に行くので、私が先頭になってツユ払いをして登山してもいいです、
事前に「クマに負けるな こうして被害を防ごう」の学習会を無料で話をしてもいいです。
鹿角市は再考してくれないでしょうか。
盛んに殺人グマを強調してきた本人が、こう言うのは虫が良くて鹿角市に提案できないのですが。
現地を警備している方々も、事故発生という観点では、もう、少しでクマは夏の静穏期に入ります。
もう一週間、頑張っていただけませんでしょうか。


 緊急広報活動(2016.6/20)
沢山の方々に読んでいただいているようなので、時々は更新することにしました。

秋田県での食害事故である79年5月阿仁町では警官が2発、発砲、83年6月田沢湖町では樹上のクマを射殺、93年5月由利町では23時と収容が早く、 07年6月仁賀保町では発砲、逃走している。

このため、以後、殺害事故は続かなかったのだ。

萱野茂氏らアイヌ民族が教える「人を食ったクマは神に罰せられ人食いを続けさせられる」をクマに携わる者は肝に銘じ、行政は「食害グマ、蟠踞グマは射殺」 に努めなければならない。

スーパーKたちは既に拡散し、食害グマの特定はできない。現場にいる間に決着をつけたかった。

クマは7月、8月は静穏期で次の危険期は9月からだ。十和田湖畔⇒鹿角リンゴ生産地帯が危険になる。

迷ケ平に車中泊している車は注意だ。サイドのガラスは5㌢以上、下げるとクマは簡単に割る。ジムニーへの乗り込み事故が一件、ある。私のジムニーも不在の 時に乗り込まれた。

クマの生活に、かなり肉薄してきたつもりだったが今回、クマどうしの関係は見通せなかった。

ツキノワグマは肉食性は強くはないと前世紀は思っていた。私が収容した100頭を越えるカモシカの死体には一度もクマの食害痕は無かったし、クマがカモシ カを襲うシーンは6回、遭遇したが簡単に逃げ果せていた。

惨敗だった。クマたちは笑っているだろう。「へん!」と。

クマ画像



 事件の考察3(2016.6/18)
現地の地形的原因について

秋田県鹿角八幡平地区と県境を挟んで、青森県、岩手県側のブナ帯には放牧地が散在するが、その多くは自治体経営、農事法人経営の春から秋までの放牧育牛で 一区画が広くオバたちとクマの喧嘩は起こりにくい。

今回の事故が発生した熊取平と田代平では家族経営(一部大規模)の乳牛飼育形態では牛舎飼いで、採草地が付属している。田代平側は事故当時、トラクタで起 耕されて地面が露出しており、足跡を探したが全く見つからず、当時、クマたちは相当、捜索隊、ヘリの騒音に警戒していたようだ。図面(幼児の絵だ)では白 地で表した耕地、牧草地の外周に緑色の笹原が取り巻いている。

手書きの地図
黒丸2点が事故発生地点。この回廊がタケノコの産地だ。人も入り、多くのクマが回廊を往来していたのだ。

現在、タケノコ採り期に国有林への入山規制が検討されているが、大フェンスで囲障でもしない限り、阻止できないだろう。彼らの熱気は中国産品の偽装問題か ら端を発したタケノコの国産回帰、今冬の暖冬でネマガリダケの生産が減じて、これはオバの意見、高騰しており「お上に法あれば 民に策あり」の中国式の思 考をオバたちもとるだろう。昭和50年ころだったか八幡平へ早朝、タケノコ採りに行ったマイクロバスが鎧畑ダムへ、でんぐり返って6人が死亡している。こ れをやると車での入山が難しくなって、仲買人がオバたちをマイクロに積んで、官憲が出張る前に、早朝4時ころからオバたちを山に散布して、夕方18時過ぎ に回収するようになるだろう。何しろ秋田県は有名な、アイスクリーム売りのオバたちを国道に散布して事業を行う土地柄だ。この事業モデルを「ババヘラ」と いい、無明舎主の安倍甲氏が著した「ババヘラの研究」に詳しい。

鵜飼方式で、こき使われるのは八戸ナンバーのオドやアバだ。

早朝4時、夕方18時、考えただけでも恐ろしい。これを東北地方、北陸地方で施行したら、オバたちが革命に立ち上がる。クマをも恐れないオバが官憲を恐れ るわけがない。この件に法規制は馴染まないが、対策は考えなくてはならない。オバたちは先が短いから今を熱く生きているんだ。


 広報を一旦、休止します (2016.6/18)
十和利山熊襲撃事件は、まだ収束していないが、今後、第五犠牲者を出さない方策を考えるために、暫 時、この緊急広報活動を休止します。現地におりながら、せめて第四犠牲者だけでも救えなかったのか、無念だ。
慙愧に堪えない。

 山に篭りクマ観察と並行して、今回の事件を書き上げるつもりです。

 今回、被害を大きくした理由は行政に助言すべきクマ研究者の人身事故に対する無知、行政の一拍、遅れる対策だった。第一犠牲者が食害されていた事実、第 一、第二と連続して死亡事故が続いたら異常事態だと認識できなかった不感症には目を覆う。
 30年前なら県の狩猟担当にOという課長補佐(ハンター)がいて2例目の段階で現地に規制線を敷いただろう。彼は79年5月阿仁町、83年6月田沢湖 町、93年由利町での「重大食害事故」を知っているからだ。
 現在の担当者は現場知らずらしいが、愛護団体標的型だった4年前の「八幡平クマ牧場事件」では能力を発揮して完璧収束させた。
 現在、クマ研究者は3階層世代になっていて①昭和期で引退した人、②昭和期と平成期を見た人→私のように固陋と言われる人。③平成期の人。この世代間で クマの見かたが大きく異なるのが今世紀の混乱の元だ。例えばクマと遭遇し襲われたら昭和の人はナタで闘えと教える。だが②と③は「首をガードして地面に伏 せろ」と言う。
 ツキノワグマによる被害者(狩猟事故は除く)2085人中、昭和40年頃までは山間地の地域に根ざした山中の事故が多く、月別の事故発生数は5月6月と 9月10月の2つのピークのある完全なM字の形になるが、平成期を集計している現代のクマ研究者によるものは秋に極端に多いグラフになる。
それは今世紀に秋の出没が多くなったからだ。
昭和期は悪路を伝って深山に入り、襲われると治療地点まで遠い、搬送が困難となって報道当日に「生命の儀 覚束なく」なり、後日死亡していただろう。
 今、把握しているより倍も死亡が多かったろう。
 そのためにナタでの反撃が求められたが、実際はナタを使用して「死亡、重篤、重体」の多さと「軽傷、無傷」の極端がある。しかも後者は小さいクマを見極 めてナタで殺害していた。
 現代は高度医療、ヘリ等の高速搬送に頼り「首ガード」を用いたほうがよい。「伏せて首ガード」は「死んだ振り」と同義だ。実際、女性は顔を守るため意識 的、無意識に伏せている。

次に秋の出没に「ブナの凶作」が、どう係るかだが③の人は「ブナ主因」を採り、②の人は「ブナ凶作は一因」で、それより「里山が荒廃から立ち上がって奥山 化」し、餌生産量が上がり、クマの生息域の拡大に貢献していると考える。後者の枠に私が尊信する数名の方が入っているので心強い。

今回は入山を抑止したいため、どぎつい用語も連発したが、それは心苦しく、惨めだった。今後、新聞、テレビへの露出は控えるつもりです。


 クマの攻撃時の表情(2016.6/17)
 クマの危険な状態を5段階としたとき、5で私を襲って来た時、クマが叫んだときは1回だけだ。みん な全く無表情に突進してくる。両の掌で地面をするようにして耳を伏せ、鼻先を地に付けるようにして襲ってくる。全部で8回、攻撃された。



1~4の段階には、それぞれ表情というのがある。一種の威嚇だ。写真は顔を歪めたオスグマで、1いう段階だ。距離10㍍で牙を剥かれると怖い。手足を左右 に振らない、眼にカメラを押しつけてシャッターを切る。四股を踏むように四肢を広げて体を上下に揺すり、ごわごわと唸る時は、3だ。4になると、弓なりに 突進して来て両手を揃えて地面を、ばしっと叩いて、くるりと向きを変えて20㍍ほど下がって、葛藤が昂じたみたいにぐるぐると回って、また突進して来て、 地面を叩く。そして小便をちろりと木に、ひっかける。それで緊張が解れるのか去っていく。
  これは攻撃ではなく去って欲しいという威嚇行動だ。この時、木の前後に貼りついて決して動かない。威嚇は3回、受けた。

全事故例の内でクマが絶叫して襲っているらしいのは30例ほどか。多くは突然に襲われている。クマの人間の察知能力も、人間のクマ察知能力も大したことが ない。
足元で寝ているクマを踏みそうになったことがあった。

次回は、ごわごわ、と四股を踏む、3のクマ。4の威嚇クマはさすがに、撮れなかった。


 事件の考察2(2016.6/16)
4人目を襲ったのは射殺されたメスグマとするのは尚早だ。

事故対策会議が公表した「4人目は射殺されたメスグマが殺害」と判断したのはメスグマの胃内はタケノコで充溢し、口に近い上部に人肉様体が見られたことか らだそうだ。
女性が8日に行方不明後、殺害事故を9時と仮定すると、射殺時点で40時間を経過しており、
次の事が考えられる。

① 食害参加型であれば、人肉様体、タケノコ、人肉様体、とサンドイッチになっている場合は食害参加クマ。

② 「腸管内容物は消化が進み、中身は無い」ここが問題。
タケノコを食していれば腸管内には「タケノコ缶詰のように繊維が明らかに残る。糞でもそうだ」
肉質は消化されやすく、検査よっては、この女性を殺害したのも、このメスグマとするのは可能。
ただ150センチの大型獣グマが目撃されているので、かなり否定的に見る。

③ 消化管内に「被害者の衣服片が見られず」は、他のクマが大量食害して、肉部が大きく露出していたからだろう。
地域全体に被害者4人の衣服の破片が混入したクマの糞が散らばっているだろう。
同地でクマに襲われ、先の尖ったササで「クマの顔を突いて」いるので、その傷跡はあるのか。
クマの死体写真を見ての感想。極めて健康個体。疾病グマも予想したが、それはない。
ただ右足、太もも付け根の広範な白斑は、通常見られる「毛の薄さ」とは異なるようにみえる。
それに長い皮膚の盛り上がりも、腱によるものに見えない。


 (2016.6/16)
十和利山熊襲撃事件は未終結。異聞集「100㍍先のクマは襲ってこない」、について。

●男性と兄嫁が襲われて350㍍、走。逃げ切れず男性が反撃、兄嫁が男性の兄に通報、射殺。

●夫婦が100㍍先にクマを発見、じっとしていたら襲われて共に重傷。(事実は報道と異なっていた。)

●父娘が4頭の母子グマに囲まれ2時間対峙、下山、無傷。距離は3キロほどか。

●男性がクマに耳を舐められそうになり恐怖、不動、30分、無傷


 事件の考察(2016.6/15)
 今回の十和利山熊襲撃事件でクマたちが凶暴化したのは、この酪農地が持っている特殊な地形に由来す る。東北のブナ帯では戦前は軍用食糧、戦後は都市部への食糧供給で牧場を建設、肉牛の生産を図った。
ブナ帯を伐採すると笹原になる。普通の笹原(タケノコ産地)であれば広い平面でクマたちは自由に往来でき、タケノコ採りが近寄れば逃げられる。ところが熊 取平、田代平でが笹原に牧場、採草地が広げられ、その周辺が、狭い回廊になった。この時期、クマは笹原に集中している。この地域、約6㌔×6㌔に約10頭 のクマがいると仮定すると、回廊でのクマの通行量は相当、多くなる。クマは身を晒す、開けた牧場を横断することは嫌う。クマは満腹したところで休む。タケ ノコ採りが入る。狭いから、どこかで往来、もしくは休んでいるクマと接触する。第一犠牲者のところで、たんなる負傷事故であれば人狩り事件には発展しな かった。
高齢者は頭を打たれて気絶とか、恐怖で高血圧が昂じて脳溢血とかで気絶し、そこから今まで述べて来たことが始った。第一犠牲者はオスグマに殺害されたが、 顔の食害はメスグマ的印象を持つ。
これまでの死亡事故で遺体に蟠踞して射殺されて、クマが調べられた6頭のうち、2頭がメスで被害者の顔を食害していたからだ。顔を食害が稀、というのはヒ グマも同様で、ツキノワグマでも、この2例で、鹿角の事件はメスグマの存在を窺わせつつ、食害量(一回約5㎏×2回)と片半身の食害からオスグマと判断 し、殺害の主犯は第3犠牲者までは「若いオスグマ」で整合する。
これだけ狭い回廊を複数のクマが往来しているので、その中に射殺されたメスグマがいて、顔を食害したことも問題は無い。第3犠牲者では5日間も収容が遅れ たので、更に多くの食害参加のクマがいただろう。
主犯+メスグマ+その他2頭ぐらい。ここで、この地域でのクマの危険度がぐんとあがった。
この地域でのタケノコ採りは、最終盤で、十和利山斜面に登り、まだあるタケノコを食したご、事故の少ない7月、8月を通過、ドングリ類の凶作年の、この秋 にどうなるか。
青井俊樹教授の「メスグマ主犯射殺」と、米田の「主犯逃亡」とは言葉が違うように見えて、重要な根底で同じ事を言い表わしていて問題はないのだ。そこには 第3被害者から始まった、不思議なクマの生態が隠されているのだ。


 明日、タケノコを採りに行く、三本木のオドと、アバヘ。(2016.6/14)
 クマに襲われねえように、エエごとお教せでやる。八戸街道にあるコメリさ行って、桃の缶詰とドッグ フードの缶詰、それから竹製の、クマ手ば、買ってきんせ。
それから牡丹紅炮20連10束入の爆竹も買ってくる。導火線は、ふにゃっとしたのはダメ、オドのようにバキっと堅いのが良い。桃ば食ったら(犬の餌は食う なよ)、アンチャがら底に写真(明日添付する)のように取っ手ば付けてもらえ。
へで、クマ手をペンキで黒く塗る。
穂波町のオド二人、二丁目のオド二人ど組んで田代さ行ったら、ちゃんと営林署と、お巡りさんへ
「これからへえりやす、ご免なすって」と挨拶して、アバば中心に、オド4人が左右に並ぶ。
アバが左手持った爆竹入れに火を付けた爆竹を入れて、前の方に向ける。
ばんばんとなったら、前さ、一斉に進む。アバは肩にした黒いクマ手で笹原の表面を、わっさわっさと叩きながら進む。2分したら、また爆竹。またクマ手だ。
オドたちは懸命にタケノコを採る。
笹原に入る時間は9時から11時、13時から16時までだ。これは押さえる。
国有林に入ってもエエ。皆の山だ。元とは言えば南部藩の山だ。
これをやっても食われたら吾(わ)ど、クマば許してけれ。吾も少しで、そっちへ行く。
重々、詫びる。
。。。。。。。。。
クマは、他のクマが歩く枯れたササの茎が体重で折れる音に敏感だ。
そこでクマの腕のようなクマ手で笹原を、大げさな動作で叩く。
缶詰缶に取っ手を付けるのは野火を防ぐためだ。アバも、そこを注意しろ。
そこで問題なのはニホンツキノワグマWikipediaにある「夜行性」の問題だ。
私はこれまでツキノワグマは「朝夕動きの昼行性」としてきたが、真夜中はよく寝ている、とも、ま昼もよく寝ていると、併記して公表してきたが、良い言い回 しが見つからなかったからだ。
エゾヒグマWikiのように『昼夜行性、どちらともいえる』、これに変更した方がよい。
ツキノワグマの「母子は2~3年行動を共にする」ところもエゾヒグマWikiのように「1~2年」とした方がよい。年齢の数え方に見解の違いがあるのか。


 事件を受けて対策と広報活動など(2016.6/14)

14日4時40分
私が、このように報告し続ける最終目的は、このような事案を2度と起こさない方法を創造するためだ。
タケノコ採り期が終わったら、来年からのタケノコ採り期用の対策法を考案するため現地の笹原に突入して、クマたちの痕跡、被害者たちの足跡、ここ数十年間 の知られざる行方不明者がいるのではないか、を検証したい。
予定日時  7月10日前後 スーパーKは、そのころ笹原から移動しているだろう。
参加資格  人の営みを助け クマを助けたい人。ただしクマを研究している学生は除く
(現場には入るな、DNA分析とGPSに特化しろと大学院教官に言われ)
対策   イベント保険は掛けるが基本、自己責任。保険加入困難職種というのがあって、潜水夫、漁師、格闘家、スタントマン、猛獣取扱者など。その上、健 康理由も加わり、動脈瘤、高血圧持ちで、クマを追う私は常に保険加入が困難だった。
それで当所のエベント保険加入の件で助成財団と激突、以後、助成互助会のブラックリストに載って助成を受けられなくなった。追って活動詳細を広報する。


 十和利山熊襲撃事件続報(2016.6/14)

 13日午後、第四殺人現場近くの農地を150㌢ほどの大型のクマが移動中が目撃された。
スーパーKが残存の可能性大。射殺されても遺体収容から日時が経って胃内に遺体の一部が残存せず、主犯グマか判別できず。射殺のメスの胃内にはタケノコが 多く、遺体の一部も見つかった。これは参加型食害。
第二犠牲者も食害を受けていた。
 解剖したのは、鹿角市役所。スーパーKが射殺された場合は腸管壁に残る、犠牲者の衣類等の微細な残渣まで精査の必要あり。
これで全体の科学検査は破綻、後世への資料は不満足なものとなった。

広報事項
この発生地域のみラジオ、笛、鈴の使用を禁止。犠牲者たちは使用しても襲われており、かえって呼び寄せる可能性がある。
爆竹しかない。数人の集団で並んで進むと抑止力になる。
次の発生注意日だが、週間天気が不安定で予測が難しい。降雨から逆算すると14日、15日。
明治後期よりだが自然遭遇での死亡事故は、極く稀。食害は、なおさら稀。
タケノコ採りは、間もなく終わるが発生抑止力として、この広報努力は続ける。


 十和利山熊襲撃事件その5(2016.6/13)

 13日3時30分、ホトトギスの鋭い鳴き声が、耳に揉みこまれて目が覚めた。
動脈瘤2回破裂、四回入院、降圧剤の影響で頭に、グリースがネリっと、粘った感覚がある。
屋根打つ驟雨一時、窓外に満る早朝の仄明かりで、森がもやる。
クマが人を襲うと大体、三日後に雨が降る
もう軽トラ、軽自動車が連なっていく。
十和利山の酪農家たちは八戸ナンバーの、オド、アバに優しい。
オドたちも、戊辰戦争で割譲させられた、この地の人たちを彼の地に婿に入った弟だと思っている。だから酪農家たちは幹線道路から農道、作道に入る入口に縄 を張ったり、障害物をおいたりするヤボなことはしない。何箇所か、そういうところもあるが、わざわざ「芝生養生中」「笹原掻きとり取り作業中」とかの表示 をしてあって「あなた達の浸入を阻止しているのではない」と弁解している。
殺人事故は国有林で2件、民有農地の外縁の笹原で2件発生した。
国有林に入るには基本、入林許可がいる。私も何百枚も書いた。
だが80歳近いオドたちに、そんな期間、区域、入林目的を記入する紙ペラは、40年前なら便所の落とし紙に重宝されたぐらいの存在だ。
堅苦し官署である営林署員だって血の通った人間だ、やせ細った足にゲートルを巻き、肉の落ちた肩に布グッズ製のリュックを背負ったアバに、それがあるかと 聞くヤボはできない。
山間地住民は耕作に不適な周囲の山を薪炭林、採草地として共同で利用してきた。
ブナに覆われた八甲田山の国有林で私の父は15歳ころから馬車を曳き、木を切り倒して山ブドウを採集、売って親を助けていた。
たまたま高標高地に広がる笹原は6月、クマと近隣民衆との共有地になる。
クマに襲われて怪我をするかもしれない。
オドが「クマあ、コワエがら駆除してくれ」と官署に願ったという話は聞かない。
かといって公有地、民有地に入り込んだ彼らに後ろめたさなどない。この時期、オドたちとクマたちは同好者なのだ。
今回、オドたちが襲われてクマは結果として駆除されたが、子らはどうか知らないが、死んだオドたちはクマを恨んでいないと私は信じている。
むしろあの世で、並んでタケノコを採っているだろう。
ひと月、頑張って10数万円、孫やひ孫にオモチャっこ、を買って与えて、この先、数か月、
ババ、ジジと喜ばれたら、これに卓る幸せはない。
あの爽快な笑顔を、オドやアバから奪ったら、クマの管理など成り立たない。
私でも恐ろしい、あの笹原に突入して捜索、射殺した猟師の勇気を褒める。
ようするにオドやアバの喜びを奪わず、その上を行く防除法を、我々が創造しなくてならないのだ。
 言い忘れていたが第一犠牲者、第四犠牲者は周囲の腐食土をかけられていた。大量ではなかったそうだ。



 十和利山熊襲撃事件その4(2016.6/12)

 十和田湖の南、青森秋田の県境に聳える十和利山(990m)の裾野に広がる、熊取平と田代平の牧場地帯で、相次いで発生した4件のツキノワグマによる市 民への襲撃、死亡事件を後世に伝えるため私は、この事件を『十和利山熊襲撃事件』と名付けた。
近世日本の動物襲撃史に類を見ない、捜索隊が「白骨死体と見間違った」ほどの大量食害。
実の息子が娘が、我が親と確認でないほど咬みとられた顔の食害。ツキノワグマの保護、管理、観察、研究に携わって来た者として、果たして実相は何だったの か、なにをして、加害グマにこういう悲劇を連続させたのか、私は心血を滾らせて書くつもりだ。
事件は、まだ収束したわけではない。実態の不明な残存個体の捕獲に努めているし、食害に参加したはずの1~2頭のオスと見られる成獣が見極められていな い。
私でも恐れおののく事件と、同時進行するタケノコ採りの群れの笑顔の爽快さを見ると、
民の営みの強烈さに、銀の爪で引き裂かれたような絶壁感に苛まれる。
現地での聴取は続けている。
いわく警察は「無主物による加害は立件捜査はできない」。つまり遺体解剖とか、射殺グマの解剖はできないという意味のようだ。
88年の事件では、それらは残されている。
やはり行われるとの情報が入って来た。
なにを主眼にして、それが行わるのかが問題だが。


 鹿角4件の死亡事故・続報その3(2016.6/12)

 遺体の損傷情報は被害者の尊厳を保ちながら、できるだけ、これまでに使わずにきた
「食害」という言葉を全面的に出してきましたがタケノコ採りには全く「抑止力」には
なりませんでした。昨日11日も多数入山しており、一握り10数本、1000円で売買。
入山者は、皆さん本当に笑顔。疲れ切った米田一彦とは別世界。
少しづつ全体像がつながってきた。
射殺グマは体長130㌢、70㌔と言えば成獣
第四犠牲者の被害部位は頭部、腹部の食害
※(ツキノワグマが腹部、下腹部を好食するといことは無く、あくまで肉部)
最初の加害個体の実像を「加害方法」「損傷部位」「食害量」から推定して「若いオスグマ」と
したが5月の三人の死亡、二人の軽傷者、反撃者までは、これで全体説明が付いたが2点、「事件現場」がタケノコ期の単一食、多数集中としても「狭すぎ る」、「第一犠牲者の稀な顔の食害」
が悩みの種だった。人狩り事故は3度あることは4度あるのは想定内だが、2頭組というのは新時代の想定外だった。
これで顔の食害が納得できる。
半身白骨状態(あくまで伝聞)第3犠牲者の食害量から見て複数のクマが参加したのは推定さ、3~4頭となると拡散のおそれがある。
主犯メスを押しのけて割り込んだ大型オスが可能性がある。
※これまで述べてきたことは全て伝聞を総合したものです。
公文を入手できない立場の米田の限界です。
私が推定した「若いオスグマ」に匹敵するには
① 交尾期のオス、メスの番(番)は強固な結びつきではなく、一時的。これは無し。
② 5月に母から分かれた28ケ齢の兄妹グマの組み合わせ(11日)これにも齟齬が無いが。
③  まだ子別れしていない母子グマ⇒小熊がオスかメスか、これからの捕獲で判明
熟慮した結果、主犯残存ではなく、主犯射殺、2歳コグマ残存
今回のツキノワグマ襲撃事件の主犯、スーパーK(鹿角)は駆除されたと判断した。
残存グマは全力で駆除しなければ、オスのモンスターKが鹿角を震撼させる。
この主犯メスの人狩りクマ化は昨年5月25日の事故が伏線だろう。
 

 鹿角4件の死亡事故・続報その2(2016.6/10)
母子ぐまの駆除について(車中より)
このメスグマは、第四犠牲者の殺人グマではないだろう。
既に第3犠牲者は、この時期のクマ密度から言って複数のクマに食害されたはずだ。

① 射殺まで30時間を経過しており、オスグマを差し置いて遺体の
 傍で長時間、蟠踞はできない。殺人グマではない。

② 次にクマの解剖で留意点。
  殺害から食害を続けたのなら、胃体部から大腸の中間部あたりまで人肉様体が充溢していなければならない。人肉様体とタケノコが、交互であるなら食害参 加グマであろう。

③ 過去、蟠踞グマが射殺されて、メスグマだった例は記憶がない。
よって射殺グマは第3犠牲者で味を覚えた、劣位の母子グマであろう。
解剖所見によっては、殺人メスグマの可能性は否定しない。
すでに食害グマは複数、いるだろうから。
全体的に見て第一から第三被害者までは、若いオスグマによる殺人の線は消えない。
前のアップで、どのようなクマでも蟠踞グマは射殺が必要としたのは、そこにある。


 鹿角3件の死亡事故・続報(2016.6/10)
6月10日朝、鹿角の現場で昨日から行方不明の女性を捜索中、クマに威嚇され、捜索が中断している。
前回の殺人クマであるかどうかに係わらず、襲って来るクマは拳銃を使ってでも射殺すること。
理由は今は述べる暇はない。遠射して半矢は厳禁。
88年事件では捜索のハンターを襲い、1㍍の至近で、射線を避けて頭を傾けたという。
もしクマによる殺人事件でであれば遺体への加害個所を詳細に情報を入手するひつようがある。
その場合は米田は現地に赴き、担当者に捕獲を強く進言するつもりだ。


 通学児童への提案(2016.6/10改 訂)
秋田県の「森と水の郷あきた」を拝見して
過日、偶然、同サイトを開いてしまった。質、構成とも完璧、見事な情報源で感服しました。
八幡平クマ牧場事件を鮮やかに収束させた秋田県の手腕(切れ者がいるらしい)に刮目していたが、
ツキノワグマを資源として捉え、真剣に被害対策を広報していたとは。広島県戸河内町が「クマも町の構成員」「実はクマに 材は町に」のスローガンで栗の木 を植えたのと共通する考え方です。

さて
秋田県は13年ドングリ類が豊作で14年2月に出産が進んで、それが、この5月に出没しました。
今年の秋は出没が予測されますから、今日は小中学生を持つ父兄、先生に通学時の安全で提案です。
秋田市上新城は過去から多被害地です。登下校時にクマに襲われた小中高生は全国で5例しかありません。
 放課後では、ざっと見て40例ほどです。登下校時の事故は少ないのですが父兄は心配でしょう。
①出没が顕著になったら、集団登下校し、ランドセルに鈴をつけましょう。
 リーダー(年長者)は笛も持ちましょう。
 最後尾は危険ですから、次の年長者が付きます。笛も加わると、抑止力が増えます。
 リーダーが笛を吹く場所は通学路上にある暗い林の中を通る時、森が半島状になって耕地や道の張り出した個所だけです。そのような場所はクマが隣の山へ横 断する個所です。
 父兄にお願いです。広島県、島根県では大規模に通学路沿線の法面の伐開、植林地の間伐を行っています。
民家の周辺も刈り払いして明るくしています。伐開幅は数㍍で、クマは明るい所に姿を晒すのは嫌いです。 
この作業はNPO活動で行うことができます。通学路、廃屋にある不要の果樹(特にカキ、クワ、スモモ)は伐採しましょう。


10月になったら、そのような危険個所は諦めて、明るい道を遠回りすることも考えてください。
 車で外回りの父兄が、ちょっと道を変えて、暗い道を車で往来することも効果があります。
小中学生に「クマに遭遇したら、こう対処せえ」と教えても、対応できません。
 普段から通学スタイルに対応を組み込みましょう。
 リーダーに役割を負わせるのは苛酷なのですが、事前の訓練で、たった、ひとつ次のことを守るように
一度、講習しましょう。
 遠くても近くてもクマと遭遇したら①声をださず、②リーダーのところに騒がずに集まる。群れから外れる低学年生がないように。クマはとにかく動くものを 目移りして、攻撃する。
 生徒が塊になっているかぎり抑止力になります。
 
②遠足、登山
 昭和40年に中学2年生が60名が2700㍍山に登山し、下山中、最後尾が襲われた。
 クマは横切ろうとしただけで、押された本人は転んで擦り傷。
 最後尾を横切るのはクマの生態上、意味があります。
 昭和47年、神社のある小山へ登っていた保育園児26名の、真中を横切ったクマが襲った。
 抱き込まれた園児は下顎骨折、奪い返した21歳保母は重傷。
 昭和期以前の登山者のクマ事故は「生命の義、覚束なく」となります。
 多くは晴天日に登山し、クマも活動性が高まっている。治療地点まで負傷者の搬送するのが困難。
危険な行事は中止、という風潮は困りますが。登山は列が長くなって、管理が難しい行事です。
 多くの父兄の協力が必要です。出没年は仁別国民の森とか、大滝山自然公園とか、人が多く、集中している場所が、安全です。


 (2016.6/7)
  全国で「昨年、ブ ナが豊作だったので、5月、クマの出没が増加している」とするコメントは不適。昨年は未曾有のドングリ類の豊作で、この2月、出産が進んでいる。が、母グ マは弱い赤子グマを 守って反撃範囲が限定的で軽傷率が高く、なにより他のクマを恐れて隠れ潜んでいる。
これが6月中旬、ヤマザクラの実が熟れ、小熊が登れるようになる頃、母 グマは反撃に出る。多数の子連れグマの事故は、この先、増加する。


冬眠中のクマ

  写真は3メートルまで近寄って撮影した越冬中の母子グマだ。
猟師が犬を母子グマに、けしかけた例でも穴から出ようとせず、犬の頭 を、かぽっと口に咬み込むと、犬は、ふぎゃーと鳴いて麻酔がかかったように動かなくなった。
30分後、犬を、ぺっと放すと犬は沢を転げ落ちた。結局、母子グマは射 殺されたが、犬は生き残った。なぜクマは犬を殺さなかったのか、クマの生態の不思議がある。



 事故の注意予想等(2016.6/7)
① 注意! 気圧が上昇に転じた。週間天気予報を見ると発生予測は躊躇うが、7日が注意。気圧情報が一日、遅れるので直近の予測は難しい。8日に、がくんと落 ちると危険。次の10日、11日も注意。
 
② 5月末からタケノコ(チシマザサの芽)市場が昨年に比べて高騰しているのは、この暖冬の影響でタケノコの発生量が少なかったのか、クマが早く食いこん で減った、というのは意味があるだろう。


事故の纏め等(2016.6/6)
① 6月に入ってから週間天気 が、はっきりせず、気圧的にも激烈は変化はなさそうで、事故発生の予測がつかないでいる。

② 入山規制が強まり、加害グマ自体、移動した可能性も ある。熊取平の北部、小国牧場、青森県の迷ケ平、小国牧場も要注意地 域だ。加害グマは「人間は狩りがしやすい弱い動物」と認識してしまった。駆除できなったのは禍根を残した。

鹿角3件の死亡事故 現地から報告(2016.6/7追記)
--------------------6/4 追記------------------------

広島から鹿角まで車で18時間、現地で夜の見回りで疲労困憊
HP更新時に重要な事項が抜けていました。
今回の事故の発生原因は報道に述べたように
① 交尾期の興奮の高まり、緊張
② タケノコばかりを食べる単一食と言う、一種の興奮
③ 加味して下記図のように気圧の激烈な長期降下

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私が郷里の十和田市へ帰る沿線で、ツキノワグマにより3件の死亡事故、軽傷事故1件、反撃して無傷だった事故が発生した。
まだ涙も乾ききらない、ご遺族様も読むであろう、この報告を、第4の犠牲者を出さないためと、ご寛容を賜りますように、乞い願うものであります。
私は一心、民の営みに異を唱えず、でやってきました。

マスコミ、十和田市の関係者、地元町民、警備、トラック運転手(夜中、大型車が通行している)などから聴取したものを並べたが違いはあるだろう。
①    被害者の傷の分布、攻撃の仕方から1頭の若いオスグマによる多重事故。
②    第一犠牲者 内臓、顔に欠損あり。顔の食害はヒグマ、ツキノワグマでは稀。
③    第二犠牲者 頭部、手腕の引っかき傷があり出血多量。
④    第三犠牲者 内臓、下腹部、体側、腕の肉部が大量欠損。

現場は2か所に分かれ、直線で2キロほど離れている。人食いグマが複数いるとは考えられず、3~4キロでも問題はない。
熊取平は30年前と同様、酪農業が多く、田代平は酪農から転じて芝生育成、デントコーン畑、
トマトもあるように見えた。
現場を精査できなかったのは規制線が多く、クマ注意の立て看板、民地立ち入り禁止の看板が多く、また外来者の事故を土地所有者が快く思っていない様子が窺 われ、浸入を躊躇したため。
耕作地の林縁が密生した笹原になっており、タケノコが細くチシマザサとは別種のようだ。
耕作地にクマの足跡が見えないことから笹原の回廊を伝って移動しているようだ。
この事件の伏線は昨年5月25日に、同所で女性が襲われた事件と関連しているだろう。
今回、第一被害者を食うため(人狩り)に襲ったのではなく、密生した笹原での突然の接触から攻撃、被害者も足を取られて移動できず、気絶して徐々に出血 し、気絶、クマは遺体の傍に蟠踞し、血の興奮から遂には食害に至った。
ツキノワグマでは初撃で即死はないとみている。死亡事故では
①    頭部への初撃で気絶、除々の出血で絶命。30%ほど
ここはヘルメット着用と複数入山で防げる。
②    80㌢前後の若いクマが後ろから下半身に長時間、しがみ付き、咬み付いて離れず出血から死亡。これが30%ぐらいか。このクマは剥がすのは難しそう。
抱きつかれず、離れてケリをつけること。
こんなクマはザックを振る、空袋を振りまわして大きく見せて威嚇する。
③    成獣による頸動脈断裂 40%ほどか。
同行者がいればだが、現代の高度医療、高速搬送で助かる率は高い。
88年の3人死亡事故では、ごく短時間で食害され、食う意思が強かった。
今回の第一犠牲者は発見、収容まで1日を要したことから、捜索陣に食害を邪魔された形になり第二犠牲者を襲う動機になっただろう。これも食害を邪魔された 形になったろう。
また軽傷者、反撃者もあった。これは第三犠牲者が行方不明後か(現場にいるため時系列が精査できず)
第三犠牲者は発見に5日間を要し、30日に「発見も損傷激しい」との情報から、大量食害が予想された。
発見のきっかけは別のタケノコ採りが、ササが倒れて寝床のように平らな場所にヘルメットと
タケノコが入ったザックを発見し、翌日、近くで遺体が発見されたが、近くにクマがいて呻っていた。捜索陣に邪魔されて威嚇したのだ。
なぜザックとヘルメットを置いてあったのかは、いくつか推定が出ているが、犠牲者が寝ているクマを発見して身軽になるために外した、という考え。
クマは昼日中、ぐっすりと寝ているものだ。
私はクマの寝場所が広かったので犠牲者がザックを降ろして、休んでいたのではないかと思う。
そこへクマが戻ってきたかもしれない。
こういう寝場所は3か所、あったという。
第3犠牲者を捜索する県警のヘリや、マスコミのヘリが上空を飛びまわり、クマが何頭か見えたという。現場には風力発電機が9機あり、ヘリは低空飛行できな かったろう。
密生した笹原では鉄砲の使用は不可能で、ハンターも突入を躊躇い、捜索は進捗しなかった。
これかの危惧する点だが、タケノコ採りは、終盤だが、まだ2週間あるという。
実際、今朝5時には、現場、近くに車が多数入っていた。
これらの堅い信念の人々に教育とか、広報とかは難しい。
なにか新しい方法を考えなくては、これからデントコーンの時期、キノコ採り、隠されてきた十和田湖畔でのクマの被害へと、このクマが関わりはしないか危惧 している。
タケノコ期が終わると、四人目は地元酪農家ではないかという不安が現地に広がっている。
なぜ二人の犠牲の段階で止められなかったのか。これ以上、被害は広がらないという県の甘い判断があったのではないか。秋田県では年間に複数人が死亡した例 はない。
狩猟文化の違いを見た。日本海側は銃で駆除するが、西日本では罠だ。
かの地で精妙な密猟者と渡り合ってきたので、今回の場でも、あの技術があれば選別的に人狩りグマは捕獲できたであろう。
映画『ゴースト&ダークネス』ような強い指導者がいれば後半の悲劇は避けられたろう。
四人目の犠牲者がでたら、県の管理能力が無いとみなされよう。
昭和戦後期まで行われた、ナタでの反撃より、現代の高度医療に頼り、首をガードして地面にうつ伏せになることだ。ナタの届く範囲はクマの爪が届く範囲、戦 いたくないので私はナタを捨てた。人を食おうと襲ってくるツキノワグマは稀だ。

気圧図
気圧が上昇に転じた。週間天気予報を見ると発生予測は躊躇う。(6/7)
気圧変遷

5月15日から6月1日までの事故時の気圧をみると、恐るべき気圧降下状況だ。相対的高気圧時の、ちょと下がりかけた時点が危 険と認識しているので、これ だけ長いため秋田県では事故が続いたと考えられる。
根拠は以前より解説したとおり。一番高いところは19日。20日は最も危険日であった。
上昇に転ずると事故は落ち着くと考えている。
そして次のピーク時と、降下しかかった日が危ない。
① 相対的低気圧時(底)と上昇線に事故の約30%ほど
② 相対的高気圧時と、下りかけた日(今回は20日の事故)に40%の 事故
③ 気圧の下降線に30%、発生している。
 相対的高気圧時時に事故が発生しやすいと考えられる機序は
木下眞二北海道大学医学部名誉教授の「ネコが耳を掻くと明日は雨」
で、教えていただいたもの。先生はヒグマ事故で気圧との関係を見ておら れた。
「動物は下がりつつある気圧の変動を感知し、これが不安としてストレス になり自律神経を介して血圧の上昇を促す」
動物は悪天候になる前に相対的高気圧時に活動性を高める、というもの だ。
つまり悪天候の前に狩りをする、ということだ。
その悪天候とは、5月末、鹿角で何が起こったろうか。
《ひょうの被害、果樹など甚大 鹿角市十和田地区など》
 30日午後に 鹿角市十和田地区を中心に大粒のヒョウが降り、果樹で30ヘクタールを超えるなど、甚大な状況になっている。
木下先生は2年前に、ご逝去され、教えを頂けなくなってしまった。
天と地の間には人智の及ばぬ不思議がある。



 鹿角市大湯での連続死亡事故について(その3) (2016.5/29)
識者のコメントに誤解を与えるも のがあり、注意を喚起したい。
1897年からクマに襲われた数は2085人(狩猟駆除事故多数を除く)だ。
※再犯は有る。※食害はある。※一頭が多数人に加害する。

(1) ツキノワグマによる死亡事故は戦後期だけで今回を含めて48件。これは発見時に既に死亡していたものだけ。4歳児が2人いる。

(2) 食害が有った事故は12件(内、報道の文々から推定が3件)。70年ころまでは新聞に「クマの胃内から足が出た」「咬み取られ」式に報道されてい る。現代の報道では食害は報道されず、危険性が伝わらなくなった。88年に、ある村で3人が連続死亡した事件の警察資料では大量に食害されていた。
 捜索ハンターを襲おうとして1㍍の至近でクマは射殺された。4人目の犠牲者になる可能性があった。胃内容物調査でも食害が確認された。同一個体による狭 い範囲内での再犯だ。

(3) 翌日の捜索時にクマが遺体を守って蟠踞していた例は10件あり、遺体に強い執着がある。内、8件で発砲し射殺、発砲したが逃走。
 クマに抱かれた遺体はクマの毛だらけだった例がある。
 このような蟠踞グマは再犯の可能性があり、鋭意、射殺するべきだ。

(4) 一般の事故でも加害グマは再犯する。
 家畜を食害したクマは再犯している。狭い範囲で数年に渡って事故が続く地域があり、状況から再犯が疑われるが、確証が無いので、今回は挙げない。新潟妙 高、秋田鳥海、福島会津、秋田玉川など事故多発地がある。

(5) 今回の事件と昨年の以下の事故と関連性が疑われる。
 2015年5月25日午前、鹿角市十和田の山中で、タケノコ採りに来ていた60代女性がクマに襲われた。女性が覆いかぶさってきたクマを払いのけると、 クマは逃げ、無傷。現場は熊取牧場から北へ約1キロの山林

(6) 一頭のクマによる多重事故例(全て移動襲撃)
 ●選挙帰りの男性7人が路上で襲われて重軽傷。
  ●新田開発区の民家に侵入、男女10人が重軽傷。
  ●市の中心街で男女7人が重体重軽傷。
  ●町の県道上で幼児1人が死亡、3人重軽傷。
  ●市郊外で幼児4人が重軽傷、成人3人が重軽傷。
  ●市郊外で男女13人が重体、重軽傷。(軽度の半矢個体)
クマは臆病で、経験の無いことに慎重だが、食害によって経験の鎖が切れると再犯する。狭い範囲で連続して事故が発生した場合、遺体に蟠踞したクマがいた場 合は鋭意、除去しなくてはならない。13年5月の福島県でのように捜索中の警官が襲われて二人が重軽傷を負う事態は避けてください。79年5月、秋田で遺 体を食害中のクマに警官が拳銃を2発、発砲している。刑事たちが31発、拳銃を発砲して逃走グマを射殺した例もある。
人命は何より優先される

※米田一彦は31日夕方に鹿角市の殺人現場に到着予定



 鹿角市大湯での連続死亡事故について(その2) (2016.5/28)
(1) 5月 28、29日は事故の発生が予測される。

(2) ササ原に入っての行方不明者の捜索は危険。この地区には20頭以上のクマが集中しているだろう。

(3) 4ケ月齢の子連れの母グマは、子を守るのに懸命で反撃は限定的で現段階では危険ではない。

(4) クマのタケノコ食いは、まだ一カ月近く続くので、鋭意、加害グマの捕殺に努めなければならないが、無差別捕殺は避けるべきだ。檻で捕獲し前足の爪 の中に存在する被害者の遺伝子の有無を判別し、無罪放免と、特定後の殺処分を行うべきだ。高度な捕獲技術が必要で、藤田昌弘氏を実施者に推薦する。

(5) 今後、6月中、秋のキノコ採り期に、今回の加害クマが再犯する可能性は、最初の被害者に食害が有ったかによって決まる。

 クマに襲われた2085人(狩猟事故を除く)の事故からの 考察
  (2016.5/23)
鹿角市十和 田でのクマによる2件の死亡事故について

(1) この2件の事故は同一グマと見て良い。一件目の死亡事故で遺体に食害があれば3件目の死亡事故が発生する可能性が大。

(2) クマのタケノコ(ササの芽)食は、まだ一ヶ月間は続くので林道の通行を規制し、鋭意、鉄檻での捕獲を試みるべきだ。

(3) 昨年秋は未曾有のドングリ類、漿果類の全国的な大豊作で、出産が進んでいる。当歳子連れの母グマは小熊を守ることに懸命で7月までは危険度は高く ない。
ヤマザクラに実が熟す7月末ころ、小熊は木に登れるようになり、反撃が可能となり子連れクマは危険になる。

(4) このクマは相対的高気圧時の傾きかけた時点(21日)で事故を起こしており、数日後に悪天候になる前の行動性の高まりであろう。

(5) 初夏はタケノコの単一食が強く、一種の高揚状態にあり、交尾期の緊張も加わる。


  暑ぃ~ (2015.8/12)
昼寝クマ

 ええ、今日は暑かったんで、下の沢で冷たい水を飲んで、流れに、どっぷりと
浸って15分ほど眠りましたよ。
動きまわるとウシアブが煩いんで、また少し眠るんです。
近くに2年前に分かれた娘がいて、ときどき合うんです。
沢水も、あと数日で枯れるでしょうから、その時は沢を下って
大きな川を泳いでみましょう。


 静 岡県での電気柵事故について(2015.7/22)
 マスコミ は今回の事故について、適当に事実を羅列して誤解を与えています。
電気柵は現況では中山間地での大型獣の害から耕作地を守る、最も効果の ある対策です。

 この方法を勧めて来た経緯から若干、異論を述べたいと思います。
さて、今回の件、「電気柵をコンセントに接続」というフレーズは現代で は誤解を与えます。
電気柵の基本的な動作原理は100V交流家庭電源から、昇圧機を用いて 4000Vほどに昇圧して直流に整流して使います。その時の電気柵に流す電気の様子 は4000Vと高い割に電流が20~30mAと極く弱く、しかも短いパルスになっています。
 「漏電遮断器」が設置されていないとの指摘が湧きあがっていますが、 これも、この装置を付加している農家は極少数でしょう。接触事故では「びりっ」と ショクを与える程度で、それは人間ではゴム靴などマイナス接地している地面と間が絶縁されているからですが、野生動物が濡れた鼻先を接触させても、強い ショックを与えて撃退させる機材です。
そもそも電気柵は野生動物を殺傷させるための機材ではないのです。
もっとも留意すべき点は、最初に児童の手が切断するほどの火傷を負って いた点です。
クマが電気柵の線を抱え込んでも、そんな重大な事故にはなりませんでし た。

【1】 可能性が少ないが設置者が意図的に交流電源を投入していた。
 「変圧器を使用していた」という文面から察すると、この状態ではない だろうか。
 昭和20年代は食糧難から河川に家庭の交流電源を投入して魚を取る漁 方が行なわれていて、多数の死亡事故が新聞に見られます。
 30年ほど前に広島県でイノシシ、クマ対策で交流電源を利用して電気 柵で死亡 事故がありました。1990年代、広島県では、このような方法が行われているのを私は現認しています。

【2】 設置者の意図に反して昇圧機内部が長期に放置したため、絶縁不 良になり交流が導通していた。
 以上から考えられることは、電気柵のピアノ線が、シカ、イノシシの突 進した体重で切れ、長い間、接地、漏電状態になっていて昇圧器の絶縁が破れて、交流 が通電していたと思われます。
これも昇圧器の内部にはトランジスターがあって、このような状態になれ ば破断して導通が止まるだろうし、そもそもヒュウズも入っているでしょうから、不可 解です。

【3】 変圧器を用いていた、とされているが、これが①に準じて最も危 険でAC100VをAC30Vに落としたところで電流は増えるので溶接機状態になっ て、連続した大電流の事故かもしれない。
マスコミは最後まで検証して報道してください。



 三 重県が放獣したクマについて (2015.6/1)
(1)  移 動放獣したクマは極めて短時間に捕獲地に戻る習性があります。
 従って放獣から10日も経て、放獣地点で事故を起こしたとは考えにくい。
 放獣クマとは別のクマによるものとと考えられる。

(2) 奥山放獣する場合は隣接する県と事前に調整する必要があります。

(3) この時期、交尾期(繁殖期)で、若いオスグマは一日に15キロも移動することがある。

(4) 成獣オスグマの放獣は最大行動圏(100平方キロ)を考慮が必要。



 2014 年の出没について(農林、人身被害を中心に) (2014.9/11)
今年はブナの凶作から春から各 地で06年並みの大出没を広報されています。

(1) ルニーニョの年の出没
 1993年は出没、被害ともに最低な状況。
 2014年は当初、エルニーニョと言われていたが、後、取り消された が東日本、西日本は日  照時間、気温に関しては冷夏状態で、冷夏に大出没は無しと、見ています。

(2) 8月中旬までの出没は、その秋の堅果類の豊凶とは関係が無い。
  この4月、5月の出没に『この秋にブナが大凶作』になるためと広報している県があるが、こ  れは前1~2年での繁殖状況(ドングリ類の豊作による)が関係している。
         
(3) 石川県ではブナが大凶作だが、ミズナラが大豊作であり大きな出没は無いと広報されているのは正しい。
人身被害面から見て現在、少なく推移しており、これから越冬直前までに 事故が今後、100件も積み上がることは考えられず、2006年のような大駆除、事故多発とはならないだろう。


書籍紹介 (2014.5/23)


中国黒龍江省ではトラ、ヒグマ、ツキノワグマなどが絶滅寸前だ。
想像を絶するトラブルに悩まされながら農業被害と保全に取り組んだ。
目撃した狭い鉄檻に入れられて生きたまま胆汁を抜かれるクマたちの
虐待工場の悲惨を報告する。そんなクマが中国には一万頭もいるのだ。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00KHHLOSS

よろしくお願いします。

 書 籍紹介 (2014.5/7)

韓国の熊

密猟のため韓国全土で半月熊は約二十頭まで減少した。
半月熊の保護のために地元の保存会員や研究者との交流と、
韓国の熊研究のレベルを上げ、ロシア、北朝鮮から熊の移入を試みる日々 を語る。
そして目撃した人々の野生動植物利用の実態を報告する。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00K5QWG8S

 事故と天気の関係について (2014.5/2)
2014年4月26日に新潟県 村上市で発生した死亡事故は
相対的高気圧時に発生しています

推移グラフ


 書 籍紹介 (2013.11/3)



福音館発行 科学絵本「かがくのとも」に「おいだらやまの よる」を出 しました。
文章は米田一彦で絵は田中豊美先生です。
おいだらやまに棲む獣たちを、ひと夜に、まとめて構成するのは
大変、難儀で頭を絞りました。
今回は田中先生の絵筆で90%が完成されたようなものです。
先生の絵は前回「おいだらやまの くま」、そして今回と、私が観察した通りに描かれていて
素晴らしいとしか言いようがありません。



 書 籍紹介 (2013.10/29)



1989年に、どうぶつ社より発刊しました「クマを追う」
が丸善出版より復刻されました。
基本的には、どうぶつ社版と同じですが、後書きに
韓国、中国、モンゴルで活動の様子を付け加えています。


 事 故と天気の関係について (2013.10/24)
2012年9月27日に福島県 喜多方市で83歳男性が死亡した月の気圧表です。
高気圧時に発生し、四日後に、かなりの雨が降っています。
6月にアップしてある2013年5月27日の会津美里町での死亡事故と も、併せてみてください。



2012年4月20日に秋田県八幡平クマ牧場でヒグマが脱走して女性二 人が死亡した月の
気圧表です。三日後辺りから大風、雨になっています。
これまで自然遭遇(狩猟、駆除での事故を除く)での事故で気象との関係 を見てきましたが
この施設のように野外飼育では行動は気象の影響を受けるようです。
つまり気圧の高い日には活動性が高まるのではないかと思われます。




 ツ キノワグマ写真展の開催 (2013.9/13)
ツキノワグマ写真展の開催
主催 NPO日本ツキノワグマ研究所
主にデジタルカメラで手持ち撮影した50点
一部 ゴビビヒグマ
9月7日から11日まで仙台市秋保・里センター
7日13時 米田一彦の講演
       「クマっこは いいなあ」「昭和ツキノワグマ事件帖」
      菅原文太・文子夫妻も駆けつけていただき
      後半、30分、かけあいトークとなりました。
      菅原さんは体調が万全でない、ご様子で心配いたしましたが
      そこは名優、トークが始まると背筋を伸ばされ、にこやかに 話なされました。
      椅子を勧めれば良かったと悔やんでおります。

写真展には仙台市長、名取市市長ご夫妻も、ご来場くださいました。
7日、8日は休日ということもあり来場者が、引きも切らず、
質問への対応に追われました。

期間中、ご来場くださいました皆様に感謝いたします。

 きのう見たクマっこ 2(2013.7/27)
クマ画像

この間、フジの蔓を渡るクマが足を踏み外すのを見た。
地上まで3㍍ほどなのに、飛び下りずに懸命に登っていた。


 福 島県会津美里町での、今後の事故発生予測(2013.7/19)
 5月3日に西本地区、5月27、28日に明神ケ岳、7月18日に勝原地区で発生した事故 は
関連性が濃厚。
 今後、この加害クマが事故を発生させると考えられる区域。
8月までの間なら蓋沼森林公園、赤留峠方面
9月、10月なら明神ケ岳北面方面。
9、10月は同町では重大事故に厳重注意。

 書 籍の紹介(2013.7/08)

あんだ いつまでも

この本は仙台市に在住する、元河北新報社の記者で森修さんが書いたものです。

森さんは私が秋田県庁時代より親しくしていただいており、また森さんがモンゴルからの留学生たちの、お世話をする活動を行って来た中で、私もモンゴルのゴ ビへ行くようになりました。

 この本の中に私と森さんがゴビを踏査しゴビヒグマの死体を発見した経緯の詳細が書かれています。勿論、森さんとモンゴルの留学生を送り出している日本式 教育を行っている新モンゴル高校との交流が描かれています。

入手法は次の通りです。

①    amazonなどネット販売で本の題名「あ んだ いつまでも」と検索して購入する。

②    ジュンク堂など大手の書店なら取り寄せも可能。

③    印刷会社の盛岡市青山4丁目、山口北州印刷に電子メールで申し込む。

 アドレスは hara7@hokushu.com

④    仙台市東三番丁の「よろづ園茶舗」でも扱っています。

 き のう見たクマっこ(2013.6/02)
尻毛抜けクマ
このあいだ見たクマは尻の毛が、ごっそりと抜けていた。
越冬中に凍傷にやられてようだ。こんなクマを秋田でもみたことがある
このメスグマは去年、一頭の子熊を連れていた。
育児に疲れて痩せ細っていたが、この間は、太っていた。
地面に寝べって手踊りをやるクマで毎年、楽しませてくれる。

5月の気圧変化図
2013年5月27~28日にかけて福島県美里町において5人が死傷した事故での
気象状況(縦は気圧hPa)。赤丸の27日、気圧の高い晴天日に発生し三日後に雨天となった。


5月27日、28日の福島県会津美里町での人身事故について (2013.5/28)
5月27日、28日の福島県会 津美里町での人身事故について
加害クマが死亡被害者を守り、もし死亡被害者がクマにより食害を受けて いたようであれば
今後、そのクマは再犯する恐れがあります。早めに捕獲措置を取ってくだ さい。
28日中に行う必要がありました。
 昭和戦後期から現在までツキノワグマによる自然遭遇(狩 猟、駆除を除く)での死亡事故が45件あり内、食害が有りと報道された例が6件、有りと推定される表現の例が3 件、あります。
死亡事故は5,6月と9、10月に2回のピークがあり、ほぼ初夏と秋で は同数です。
5月3日に同町で被害があったことから今後、秋まで被害状況に注視して ください。
入山日が晴で、2~3日後に悪天候、雨天になる気象状況の日は特に事故 に注意してください。
そのような気象推移の時には悪天候の前にクマの活動性が高まっていま す。

ドングリ類が凶作年での生息数調査(2012.11/14)
 ドングリ類が凶作年にハチミツを用いてのヘヤートラップ法、再捕獲法、カメラトラップ法で
生息数を数えると過大に数えられると思われる。
理由は、特にメスグマの移動範囲が広がり、またハチミツへの反応が高く(数倍は)なるものです。
出没年の2006年の広島、2012年の福島県での、同法での調査は、その恐れがあります。
これを避けるには数年に渡って調査を行うか、短期調査の場合は出没年に当たらない年に行うのが
適切でしょう。

今月上旬、東北を回って来ましたが秋田市太平山ではクマ棚が少なく、ドングリ類が全種凶作だったのか、あるいは何かが豊作で、棚を作る必要が無かったか、 でしょう。
地元でクマを観察している方によると8月末に旧協和町で太ったオスグマが連続して射殺されて以降、出没ニュースが少なくなったとのことだ。それに今年はク リが大豊作だった、とのことです。
 ここ3年、駆除数は伸びていて、昔のように鉄砲ばかりではなく、箱ワナも併用するように、なったからだろうか。

今年のクマ出没について(2012.10/17)
1 東北はブナが大凶作で大出没の警報が出されたが、
  秋の人身事故は岩手で3件、福島3件、秋田1件、山形1件で
  通常年程度だ。
2 ツキノワグマは暑いのが嫌いで、そんな日は流水に腹を浸かっている。
  aは沢の流水に伏せて1時間も寝ていた。
  bは 沢の水溜りに下肢を浸して寝ている。
  cは 湿っぽく冷たい倒木に腹を着けて眠る。
3 今後の動向予測
  今年のツキノワグマは栄養状態が良いので寒さに耐えられ、12月上旬まで
  出没と事故(多くは無いだろうが)、だらだらと続くことが考えられる。
  特に、このまま暖冬になると、その傾向が続くだろう。
 
 画像は左からa,b,c
abc

今年のクマ出没について(2012.9/22)
 各県が昨年同期比で「出没が1.6倍とか4倍」とか公表しているが、昨年は出没が少ない年であった のに、それと比べて意味があるだろうか。
2010年の2倍なら驚愕だが、私から見れば、これが平年並みから、ちょっとはみでた程度に見る。
それに各県が今年、2012年は初夏から目撃数がが伸び、「2006年以来となるブナが花芽を付けず、秋には皆無作」になるので今、クマがでる、と緊張が 高められている。
初夏から夏期の出没はブナ凶作とは関係ない。
それに今年は本当に大出没しているのか。
2006年の秋、9月だけで人身事故は24件(26人)発生しているが、今年の9月は22日現在で3件(+)だ。
秋の事故は「出没+遊山」で構成され、出没しているようには見えない。
2006年の事故人数150人弱になるには今年、出没が収束するまでの残り40日間程で、事故が更に120人も積み上がるだろうか。
各県、おおよそコナラ、ミズナラが豊作で、ブナが大凶作~皆無作だが、里の山に多い、コナラ、クリが豊作だと「豊凶の偏りで奥から里に移動」駆除クマは 太っている、ことは正しく理解されつつあることは良いことだ。
 今後、駆除数、人身事故数が2006年、2010年のようには増えないだろう。
 岩手県が事故が多く推移しているのは要注意だが、目撃数、駆除数、事故数が異常な状況になりそうなのは山形県で、新潟、群馬、程度だろうか。

秋田市太平山で長年、ツキノワグマを観察している方からの情報 (2012.7/25)
『ヤマザクラは大豊作。ミズキは不作(昨年大豊作)、
 ドングリ類は不作(昨年豊作、藤倉周辺)、クルミは場所により豊凶混在、ブナは凶作、
 クリの花は、かってないほど豊富で大豊作が予想(県内至る所される)』
この状況は2001年の餌状況と類似している。
このことから里の山に餌が多い、奥山との、なり具合の偏りによって秋にはクマが里山に移動
、駆除個体が太っている肥満型出没となり、中規模出没でありながら
駆除制度の欠陥から大駆除になりやすい状況のようだ。
「ブナが凶作だから出没」ではなく里山に餌が多いから、と言えるものです。

今回の八幡平クマ牧場での脱走と飼育員の死亡事件について(2012.4/25)

飼育クマが脱走する例は140年近く前からある。(読売新聞より)

1875年7月  東京両国で見世物小屋からクマが脱走し大騒ぎ
1875年8月 岡山県で飼育クマが鎖を切断し逃走、怪我人多数 
1890年11月 東京日本橋でクマが脱走し大騒ぎ
1936年6月 東京豊島でクマが脱走
1936年5月 東京大島でクマ2頭が脱走
1965年8月 北海道登別クマ牧場で16頭が脱走、10頭射殺、6頭捕獲

檻飼いのクマが人を咬む事故も多発

1958年5月静岡掛川で幼児が咬まれた
1960年10月 東京大島の動物園で少年、少女が咬まれた
1960年4月 静岡天竜でサーカスから逃げ出し少女を咬んだ。
1961年9月 三重新宮の遊園地で二日連続で子供が咬まれた
1973年5月 鳥取倉吉 園児、腕をガブリと
1976年11月 盛岡の住宅地で飼い主をガブリ

動物園での事故も多数ある

1962年6月 長野上田城の動物園から脱走、刑事31発 発砲射殺
1971年5月 北大植物園でクマに幼児が腕を咬まれて切断
1971年12月長野県で飼育係りが咬まれて死亡
1974年11月 福島郡山で少女の腕を咬み切る
今世紀、日本各地の動物園で飼育員がクマに襲われて死亡している。
飼育クマにより死亡事故は、ざっと20名近くはある。

個人が猛獣を飼育を行うのは反対だ。
生態と、動物の能力を知悉せずに愛玩的熱狂で飼うのは油断に陥る。
設備は貧弱に劣化しやすく監督官庁の検査を、素通りしやすい。
観光客が飢えさせたクマに餌を与えて、夢中で芸様の手招きをさせて喜ぶのは
野生の尊厳を踏みにじり、クマを常に飢餓状態に置くのは脱走を誘発し来園者に重大な危害を与え易い。
 来園者が与える餌は、牧場側が販売している餌ばかりではなく手持ちの菓子的には餌が多く、栄養が偏り易い。
経営者が短期間で代り責任の所在が有耶無耶で、経営方針も利益優先で
クマの健康、来園者の安全が疎かにされやすい。
クマ牧場についても春グマ狩りや有害駆除で母熊が殺されて残存した子グマの収容先になりやすく、有害駆除などに歯止めを、かけられなくする施設だ。
官営クマ牧場については①学芸員②飼育研修を受けた飼育員③脱走を防ぐ施設④適切な運営などを整えているか監督官庁は指導しなくてはならない。
今回の事件は経営者の素質が欠けた問題だった、と思う。

 ゴビヒグマに関して近況。(2012.4/8)

モンゴルの若い研究員

2012年4月2日
ゴビへの途中は渡りのツル類が溢れていた。
ゴビの、まっ只中、気温28度、夜は零下8度
私の右隣はゴビ管理事務所の若い研究員  素朴、ゴビの大樹トーレ(胡楊)のような男
ゴビには時々、飛行場のような堅い平面が数キロも続く。細かい粒子の黄色の粘土状。

その2
ゴビは必ず四駆車の重連で行く ロシア製の小型4輪駆動バスのポリゴンとワッズ
ゴビの行程中 両車を満タンの上、ガソリン12缶を積載する。
車内は爆弾を背負っているような異臭に満たされる。

その3

両車とも故障し易く、修理し易い砂漠適応車。
ポリゴンはスプリングのゴム交換中、ワッズはオバーヒートで常にキャップを外していて
15分毎に給水する

大出没した昭和28年秋に新聞に載った名文。(2011.12/28)

「クマと出くわしたら騒いだりせず、付近の窪地へ素早く伏せ、
 とくに顔を地面に、へばりつけ静かに息を殺していると
 クマは一応、背中を、なでる程度で危害を加えず、
 しばらくすると行き過ぎると言われている。
 これを『クマのささやき』という」

クマは、何が何でも強襲して来るものでは無い。
中には、人にオンブして無傷、3人に連続して後ろから抱きつき擦過傷一人、二人無傷などがある。
 最初の小さなクマの手出しが「ささやき」で、そのあと被害者が、どういう対応を取るかで重大事故へと拡大するか、その軽減法を私は近年、自然遭遇事故例 (駆除、狩猟事故を除く)1524例、1863人からから探っている。

ツキノワグマとの遭遇での対処法での『死んだ振り』は悪い方法ではない。(2011.10/26)

 昭和23年以降の自然遭遇(駆除、狩猟事故を除く)での約1500件、約1800人ほどの事故で特に女性の事故で驚いて逃げようとし て、うつ伏せに転び(結果的に死んだ振り)、意識的に死んだ振りをしたとされる例が実に多数あるが、これは女性が無意識的に顔を守る動作だ。
 過去には20歳、17歳、13歳とか(幼児の死亡も多発)の若い女性が顔を、ズタズタ(新聞表現)にされているが、その後の人生の質を大きく落とすこと になる。
女性は頭部を両手で防御して耐えることが良い。
 男性でも転ぶ率が高く、人間は山野では情けないほど転ぶ動物だ。
 ナタで打つのは、熊の爪が届く範囲だ。
反撃することは熊の攻撃意欲を高めているようなものだ。
 攻撃が不可避で手に鈍器を所持していたら直接クマを打たなくても振って、自分を大きく見せることは効果がある。
 過去には自転車を振り回した、スコップとピッケルを打ち鳴らして2時間、クマと対峙して無事だった父娘、回転椅子を振り回した、などがあり持っていたら スコップが最良。
クマに、もはや襲われているのなら

(1)ばかやろう、と大声をだせ

(2)手でも、ザックでも何でも振り回せ。

(3)クマと離れて決着をつけろ

(4)クマとダンスをするな(長時間、クマに拘束されるな)

(5)最後は死んだふりと同義の首を両手でガードして体を丸めて地面に、うずくまる。
 

 「突如、クマと遭遇、即、軽い攻撃を受けて倒れて死んだ振りが多数、存在し、5分、10分後に静かになったので立ち上がったらクマが 跳んできて再攻撃、重傷」となるケースもあり、怪我を軽くする示唆がある。
また軽い攻撃の後、死んだ振りをしている人の背を踏みつけて去ったり、両前足を、どんと置いてから去る例があり、優位性を確かめさせて、立ち去ってもらう のがよい。
つまり避けられなかった軽い負傷(とはいっても全治10日とか2週間だが治療後、翌日には立って憤慨を述べているものだ)は、どうにもならないが、次の強 力な攻撃を、どうかわすかだ。
それが(1)~(5)だ。
初撃を、いきなり頭部、頸部に受けて重傷、重篤化する事故は、どうにもならず、入山する人は、せめて五秒前にクマを察知する意識を持って対処し、初撃を頭 部に受けるな。
攻撃され気を失い30分後、3時間後、4時間後、6時間後に発見された人がいる。
山奥に入る人は治療地点が遠く出血多量になりやすい。
だから複数人で入山することだ。
熊は血にこだわる、その点でも出血多量は避けることだ。
さて「秋に向かって事故が増える」とする言葉が見えるが、昭和20~40年代を総計すると正確にM字型に事故は発生し7、8月に大きく下がる。
つまり事故は初夏と晩秋に多くなるのだ。
近年20年の総計となると、初夏分が低いM字型になる。

イノシシの出没について(2011.9/17)

当地にイノシシの出没が、ほとんど無し。
私が、この地に来てから初めての経験。
昨年の猛暑でイノシシの出産が減少して繁殖しなかったこと
ドングリ類が豊作なことで山奥にいるのではなく
海辺に近い旧佐伯町、大野町、方面で停滞していると思われる。
同様にツキノワグマも出没が極めて少なく、
昨年の凶作に加え猛暑で繁殖が下がった
影響で出没が減少しているようだ。

2011年 度西中国山地堅果類豊凶調査結果と出没予想(2011.9/10)

2011西中国山地堅果類調査結果

(1) ツキノワグマの食餌果実の豊凶状況
ブナが凶作、ミズナラが並作の下の状況。
野生のシバグリとコナラは豊凶に、ばらつきがあるが並作から豊作。
全体的には食餌果実は十分と思われる。
栽培クリは並作から豊作
ミズキは並作以上、クルミは並以下
ウワミズザクラが並作の上
柿は並作から並作の下に推移している。
南西部(旧吉和、旧六日市、旧錦町)地域では、ハイイロチョッキリによる果実の付く枝の先端部を切り落としが広がっている。

(2) 出没予測
西中国山地中央部での食餌果実の不足が生じており、周辺の里山への中規模な移動が、
予想される状況であるが、昨年の大駆除で個体数が減少しており
大きな出没は、この秋には生じないだろう。

  2011年9月9日
NPO日本ツキノワグマ研究所

 

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~共生への理念~

 クマを、この日本から駆逐するのか残すのか。西日本では駆除が進行して危険な状況になってきました。
クマに存在理由を与える必要はありません。私は次の理念により共生すべきものと考えます。
『クマと「自然の森」と「そこに住むあらゆる野生生物の豊かな生態系」は同義語です。即ち、クマを守るためには森全体の保全が必要なので、従って、クマが 守られれば全てが守れるではないか』単なる除去論は21世紀の地球人が目指そうとする野生動物との共存理念に逆行するものです。
欧米人は日本を「公害まみれの工業国」と思っているだろう。イギリスには移入された鹿とアナグマしかいない。仙台、広島、札幌。百万都市にクマがいる国は 日本だけだ。世界に冠たる日本の自然環境を誇るならクマと共存するべきだ。「クマは世界に誇る日本の宝」だと、われわれ日本人だけが、その事に気がついて いないのではないだろうか。クマ(森)との共生という思想は、縄文以来の日本古来の伝統文化、そのものではなかったか。
日本が21世紀、世界に尊敬される国になるためには、クマ、森、自然との共生が全ての出発点・転換点になる。森を殺してクマを殺して、それで日本の素晴ら しい伝統である自然と共生する文化を訴えられるはずがありましょうか。

◆活動履歴◆
1948年 青森県生まれ。秋田大学教育学部卒。
秋田県立鳥獣保護センター奉職後、秋田県生活環境部自然保護課勤務。
1986年以降、ツキノワグマの研究に専念し、1989年広島県にて日本ツキノワグマ研究所を設立。
2001年に特定非営利活動法人認可。
「野生の王国」「宇宙船地球号」など数々のテレビ出演や「クマ追い犬タロ」「ツキノワグマのいる森へ」など多くの著書を出版。
▼リンク▼
アウトバック クマ被害防除資材・アウトドア用品販売

ツキノ ワグマ痕跡写真集

当所に在籍していた藤田昌弘氏のサイト。クマ写真など
 

当所はイオン環境財団より12回の助成を受けて里山 保 全、
中国、モンゴルの調査を行っています。
 


当所では寄付を受け付けております。
よろしくお願いいたします。


 
 
●銀行口座
  広島銀行宮内支店  普通
  口座番号 1683802
  特定非営利活動法人日本ツキノワグマ研究所
  代表 米田一彦(まいた かずひこ)

●郵便振替口座
 01340-2-13473
 特定非営利活動法人日本ツキノワグマ研究所



特定非営利活動法人 日本ツキノワグマ研究所 理事長 米田一彦
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