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やがてクマたちは熊取平、田代平から退去する(2016.8/25)
 8月上旬とうって変わって中旬には糞などの痕跡が極端に少なく、遭遇もできなかった。
その中で東の森の農道上に、ぽつりと残っていた糞は太さが6㌢もあり、130kg級のオスグマを想わせた。 中身は過去に記録されたことが無い実と葉だ。これまで5回の現地踏査で早朝の糞探しの中で、ただ一個の糞は新たな謎を投げかけた。
130kgグマは青森県田子町と田代平の酪農地帯が夏の根城だろうか。
大湯地区はウワミズザクラが大豊作で、もう2週間は大きな動きはないだろう。
 私の夏の仕事は終わった。残雪上を転げ落ちたという「古傷グマ」が写ったデジカメを回収すべく寝不足のまま登山したら、20回も休憩する体たらくで、猛暑の夜、軽バンでの車中泊は体にこたえる。
 現在、闇雲にクマの駆除を進めている鹿角市は、この秋、来春とクマと闘い、奇妙な論理を叫ぶ愛護団体と闘い、その上、予期せぬ敵とも闘うようだ。


子連れグマ(2016.8/17)
熊取平 田代平には子連れクマが多すぎる

①15年春、母子グマの顔面をストックの両手突き
②16年6月13日 メスグマを射殺
③16年6月30日 母子3頭が大清水林道で中傷(重傷と軽傷の間)
④80㌢クマを撮影(性別不明)
⑤母子4頭 撮影
⑥80kg、140㌢のオスグマ撮影
⑦70kg 130㌢のオスグマ撮影  

 私は6月30日にワラビ採りを襲って中傷を負わせた母子グマも、一連の十和利山熊襲撃事件に係わりを持っていると考えており、4人死亡、3人が重軽傷、 1人が撃退して無傷の事件だと見ている。
熊取平と田代平を通る国道、県道は酪農飼料、肥料、乳原料、十和田湖への生活物資を運搬する大型貨物車が昼夜の通行量が多い。農耕トラクター、刈り払い 機、牧草ロール機、耕地整理用のユンボ、ブルなどの重機が多数、使用されている。全域が酪農地の採草地、大豆、ソバ、デントコーン、芝生育成畑が広がり、 春から夏にかけては見通しのよい平坦地となり、クマが侵入しにくい環境になっている。もし最も立場の弱い「母子グマ」が、このような環境を選んだとしたら 容易に子育てができることになる。酪農家たちに守られて母グマは子育てしている地域のようだ。
 かくして熊取平と田代平は「母子グマ」「子別れしたメスグマ」「子別れしたばかりの幼い、あるいは若い兄弟グマ」の集中した場所になっているように思わ れる。
 十和利山熊襲撃事件での第一犠牲者の食害状態から「最初からメスグマも係わっている」との感触があった。ただ四人を殺害した主犯は他のクマであるとの考 えは変わらず、メスグマたちは食害犯という線だ。
 この2ヶ月間、この2地域を昼夜に渡って痕跡調査から巡回撮影を行ってきたが「右眼額に古傷のあるメスグマ」が見つからない。もともと北側地域のクマで あったのか、それとも既に駆除されているとの、疑念もわく。
 撮影した各クマの「月の輪模様」を比べると実に良く似ている。幅が広い、肩の 方まで大きく広がっている、など特徴がある。母系の集団が狭い地域に密集しているように見える。鹿角市が捕獲檻を多数購入したとの情報があり、今回の騒動 の反動から、秋には駆除に走るだろう。
私は「人の営みを助け、クマの駆除数を減ずる」活動を行ってきた。
そのため遺体収容現場に残る毛髪等から遺伝子分析を進める必要があり笹原突入を計画したが、JBNが行うことになり当方は中止した。しかし案内人は現場を 特定できず、また殺人グマ特定の基本となる射殺されたメスグマは地下2㍍に埋没されており、JBNの掘り出し要請を鹿角市は拒否した。いかなる理由による ものか不明だが、もし鹿角市が個体識別せず闇雲に「無罪射殺」を続けているなら間違いだ。

150㌢グマと「古傷持ちのメスグマ」を捜索を続けます。




 撮った!80㎏グマ(2016.8/6)
 それは6月13日に目撃された150㌢グマではなかった。
母子4頭が出てくるのを待っていると、意外や左手30㍍の笹藪から80㎏グマが出て来た。
視線の先は、例の笹藪のトンネルの穴だ。ということは今日の私は、このクマの逆を取って先回りしたのだ。顔は丸顔、傷は全く無く、体の汚れが無い、4歳ほ どのオスグマだ。
4日に母子グマを見た地点と20㍍ほど離れている。この母グマと80㎏グマは類縁があると思われる。つまり2~3年前に分かれた子だろう。100コマほど 撮って、ビデオも撮って、クマは藪に隠れたので私も引き上げた。
80㎏グマは150㌢グマか?、の問題は自分では納得したので、150㌢グマを最初から探すことにした。
母子グマの母グマの背中は、赤みが強い毛だ。赤毛はメスグマに多く、捕獲したメスグマの20頭に1頭ぐらいは見られる。特に老齢のメスグマに多い。

この写真も後日、アップします。



 現地にて(2016.8/5)
 現在、80㎏クマを追跡中。4日17時25分、太い糞が多い地点を車で通行中、右手、一段高い地点 の草むらから、運転席を狙うように80㎏野郎が突入してきて、軽バンの後部、すれすれに走り抜けて森に消えた。もう10秒早ければ明るい牧草地を走って来 た、80㎏野郎を一枚、撮れたものを、大残念。
エラの張った四角い顔に、赤黒く変色した牙が、剥き出しだ。それに夏なので脂肪が減って、弛んだ腹の皮が、ぶよんぶよんと揺れていた。否が応でも、殺人を 予感させる風貌、肢体だった。てっきり、車を襲ってきたのかと思ったが、いつも藪に突入する穴(密な藪が穴状になっている)に向かって突っ込んでいったの だ。がっかりして、その先で引き返すと、80㎏野郎が来た方向、200㍍先に黒い大きな点の後ろに小さな点が3個、並んでいる。「やっ、落胆の後に甘い蜜 が滴る」。600ミリレンズを繰り出し(900ミリ相当)を窓枠に押しつけて連射、母クマに小熊が3頭、続いて遊んでいるのだ。距離、方角と時間を考える と先の80㎏野郎と交点が生ずる。母子グマと大オスグマが接点を持つはずはないが、偶然だったろう。約100コマ、約20GB分を撮影して気分良く引き上 げると、先月も撮った80㌢の小熊が逃げて行き、尻ばかり30コマばかりを撮った。良い日だった。
5日、母子グマを待っていたら、また出てきたので100㍍まで接近し、手持ちで撮影したが結果は、ぶれぶれで使いものにならない。それより当方は隠れてい るのに母クマは、こちらに気がついて皆で逃げてしまった。風が強かった。風力発電機が、びゅんびゅん回っている。
 風呂に入らず三日、さては加齢臭を悟られたか。
 母子グマの写真は後日、アップします。


 告知(2016.8/2)
 8月7日、現場の北に聳える秀麗な十和利山へ登り、事件現場、全景を俯瞰してみます。
出発点は迷ケ平レストラン前駐車場、出発時刻は10時、下山予定は14時
同行したい方は自己責任で登ってください。途中、クマの痕跡を解説します。秋田市在住でツキノワグマ30頭、ヒグマ5頭の捕獲、追跡に関わった男が私に同 行します。
 鹿角市は、この事件で少なからず経済的打撃を受けたものと思慮され、支援プランを来年、実施したいと思っています。しがないクマ研究者では、何ができる か未定ですが、黙ってはいられません。
クマを担当した職員は、お盆も返上で対応していると思われます。


 クマが愕く(2016.7/30)
 愕くことを秋田弁で「どでんした」と言うが、クマがどでんすると、腰下がり加減で、利き手「右手遣 いが多い」で、空中を掻く動作をする。このマムシを踏みそうになって「たまげた」広島のクマは、「ふおっ」と息を詰め、右手を飛ばそうとした。
 今年は、まだ10日間ほどしかクマを見に行っていないが、いつもなら年間100回も会っている中には、全く当方に気がつかずに向かって来るクマがいる。
 私は木を背にして(木に化ける)動かないので直前まで来て、たまげて、ちょうど、この写真のように半立ちになる。皆、ふおっふおっ、と声を噴き上げて逃 げて行く。
 越冬中のクマを見に行って4、5回襲われたが、夏や秋には無い。前に述べたが「威嚇」は3回、受けたが怖いことは無い。黙って立っていれば去っていっ た。
どうして人は襲われるのだろう。何か手違いが起こるものらしい。
クマの蛇嫌いは、私のハチ嫌いと同じだ。もう少しでクマはクロスズメバチを食う季節だ。
 シロクマはアザラシを襲うとき片手で黒い鼻先を覆って匍匐前進するが、ツキノワグマもハチに鼻先を刺されないように片手で覆って匍匐前進する。この戦い は、とても面白い。



 

 熊の傷(2016.7/23)
 他のクマとも争い、厳しい自然下で生きるクマの体にはいろいろな傷がある。
秋田では80年代の銃による駆除が盛んな時代には胸に、はじけるような大穴が開いて苦しんでいる母子グマを檻で捕獲したころがあるし、三重県では吉澤映之 氏が撮った写真のように罠から脱出して後ろ脚を失いながら子を育てる母グマもいる。
 食べ物を取り出すのが困難な場所で鼻を擦り剥いて鼻先を赤くしているクマはよく見かけるし
このメスグマは2015年6月に、この年、初めて見たとき、鼻に大きな傷を持っていた。
2009年に初めて出会ったときには2歳になっていて、これまで2回、出産している。
子熊を連れていた14年10月上旬には無かった傷で、おそらく15年5月にオスグマに傷つけられたのだろう。化膿した傷であれば周囲の皮膚の毛が抜けて 灰色の皮膚が広がり、鋭い傷は治りが早く刃物傷のようになる。


 この5月、6月は十和利山熊襲撃事件で忙しく、まだ会いに行っていないので、お盆過ぎに会いに行こうと思っている。

 現地からの報告2(2016.7/19)
 十和利山熊襲撃事件現場でのクマの糞には、桑の実もタケノコも入っておらず、全てウワミズザクラの 種だけになった。現在、推定80㎏グマの撮影に努めている。
クマたちは、やっと笹原から脱出し、広葉樹林で採食しているので、8月には土地所有者の許可を得て笹原に突入する計画だ。第一から第四現場まで入った経験 のある案内人を得ることができた。
 射殺されたメスグマの内臓の内、心臓の一部と胃袋は回収されたが、他の内臓は私有地に埋没され、所有者が激怒、研究者の要望で掘り出そうとしたら許可さ れなかったという情報がある。
山形の88年事件では射殺されたオスグマは「医者」が解剖したのに比べると、秋田県の対応は残念だ。親指大の心臓の一部、とは、どのような意義を見い出し て採取したのだろう。
クマに反撃して生還した袴田孝夫氏は壮絶な20分間を経験していた。
密生したササを間に1㍍を隔てて睨みあったので、カッターナイフで3回、切りつけたら俊敏に避けたので驚いたそうだ。そこで尖らしたササで突いたら手ごた えがあった。
ここから分かるのは「クマは左右の移動には容易に追随でき」、「前後の移動には鈍い」ことだ。

 
 訂正⇒6月10日付け「遠射して半矢は厳禁」。は「半矢も可」とする。
これで人の臭い、遺体の臭いと銃の打撃が結びつけば「人間は怖い」と学習する。
広島から秋田鹿角まで車で20時間、意識もうろう、緊張で言い間違いました。

 速報! (2016.7/12)→7/14追記
 今朝、十和利山熊襲撃地域の地図作成中、現場付近の豆畑で体長80㌢の小熊を撮影した。
射殺されたメスグマから5月ころ別れしたばかりの小熊の可能性がある。
この小熊の糞と、80㎏級のクマの糞も採集。
いずれも桑の実とタケノコが混じって入っており、まだ笹原で採食している。
現地では桑の木に近寄ってはいけません。
望遠付きデジカメを忘れてしまい、現在、コンデジで80㎏を追跡中。
笹原は、まだクマの匂いが、めらめらと燃えている。
もちろん私は他人の土地に入る権利はありません。
追って写真はアップします。
その 80cm熊の写真(7/14)

 入山者のラジオ所持につ いて(2016.7/12)
 被害者がラジオを所持して事故に遭い死亡、重傷が計3人。
死亡者の傍で大音量が鳴っていたことを捉えてラジオは不適とするのは尚早。
40年ほど前から多数の人がラジオを所持して入山して来ており、その内の、3人だとすると抑止効果を果たして来たと考えられる。
移動する音源がクマに警戒心を抱かせるでしょう。
ラジオ音は鈴の音より遠くへ届かないことが難点です。
ラジオの使用禁止の広報は、今後の推移を見てからでも遅くはありません。
果樹、養蜂場でラジオを浸入防止機材として使用しても効果はありませんでした。
ラジオがリンゴ園内を移動できれば、効果があるだろう。
要は対策を複数、組み合わせてクマに慣れを生じさせないことが大切です。
私はクマに会いたい側なので、自身がラジオの放送内容に気が取られるので使用しません。
今回の殺人グマはタケノコ採りが所持している鈴、爆竹を目指していた可能性があり、特異例です。
現代のクマは人々の新しい行動、活動に順応しやすくなってきている。
(新世代グマーこの言葉は1990年に私が言った集落依存型のクマと同義)
クマを巡る状況変化に、より機動的な対応が必要になってきています。


 事件の考察4(2016.7/6)
① 新推理―殺人グマは、どれか。 

射殺されたメスグマの情報から、このクマが四人の中の一人を殺害に至らしめた可能性が浮かぶ。
ただし全体を見極めた後でなければ確定はできない。
被害者全員が鋭利な刃物を持っていたため、どのような刃物だったか調査する予定。
クマは刃物傷の治癒力が凄まじく、刃物の種類でも傷痕が異なる。
更にこの場合、このメスグマ単独殺人ではなく共同正犯のクマが存在するだろう。
過去の事故例にも見ない(あるいは見逃していた)、知られていないクマの新たな生態が加わると思われる。私たちの知らないクマの深淵だ。この点は我々の敗 北だ。
 今回、被害届が出されていない60代女性の軽傷事故が5月21日に発生していた。
夫がクマの頭を殴って撃退したものだ。
十和利山熊襲撃事件では警察発表より被害者は多く、実際は四人死亡、二人軽傷、一人反撃無傷だったのだ。熊取平から田代平へ現場が移ってからクマたちは狂 乱のように人を追い続け(遺体を守っての排除が多い)6月に入り、ちょっと間が開いて、なぜ7日に事故になったのか、クマの深遠な生態が隠されている。

② 初夏のクマの出没の多発

各県で前年同期比で数倍、中には10倍という大出没報道がなされている。
「前年同期」が少ない年との比較によって多い、とするのは意味が無いと、今世紀、私は言い続けて来た。するとマスコミ各社は「不機嫌」になり、ついには多 くなる論点を引き出そうとする。
私は出没の実態を「駆除数」と「事故数」でみる。これらの数字は環境省の発表が2ケ月ほど遅れるので、すぐには使えずニュースで拾った「事故数」でみる。
 昨年5月の事故数は13件、今年5月の事故数は13件、
これには鹿角市の重大事故(無届含まず)も含む。うーん、とうなる。
4~6月の出没を「クマ ニュース」で検索すると「80㌢~1㍍グマ」が多く、一部30㌢ほどの子熊を連れた母子グマだ。今年、子熊を産んだ母子グマが本 格的に人前に出るのは、6月下旬からだ。
1㍍グマなら話は簡単だ。13年の秋にドングリ類が豊作で14年2月に多くの子熊が生まれて、この初夏に走り回っているだけだ。この層が、この秋に大挙、 出るだろう。
ほんの40日後だ。
 山形県の「4月5月前年同期比目撃件数」のグラフを見ると2004年、2006年の大駆除の影響で数年、目撃数が減少したが、近年、生息数が回復しつつ ある状況が見える。


 JBNによる殺人現場への突入(2016.7/3)
 クマ研究者の団体であるクマネットワークの中堅グループが鹿角の殺人現場へ突入し、証拠物件の採集 を行うことになったことは、近い将来発生するだろう事故の抑制に効果を発揮するだろう。
ただしクマに関して自信を持つ、この年代がもっとも油断しやすい。
 過去約100年間の間にタケノコ採りでの事故は、負傷の最終日が7月9日なので油断はできない。あの密生した笹原の中で、もし調査員がクマに抱き込まれ たらクマスプレーを噴射してはならない。
激烈な刺激臭で30分間、だれも救助できなくなる。たぶん警察の要請でハンターが同行でき、事が起これば「現場警官の指示」で発砲できるから地面に伏せて 身を固くして救助を待つこと。
クマが食べたタケノコ糞の繊維は、かなり長期間、残存するので成果を期待したい。

 (2016.6/30)
 30日午前、鹿角市大湯で親子グマに男性が襲われて怪我をしました。
熊取平の南4キロ地点。
Google Mapをみると牧場群の外縁で発生しています。
今回の連続事件との関係は判断が難しいが、わずかでも危惧がある間は
入山中止勧告を続けるべきです。。
大湯地域は過去、事故は少なく以下の通り
83年 8月 鹿角市十和田大湯筑紫森
91年 8月 鹿角市十和田大湯
98年 5月 鹿角市十和田大湯十和利山
11年10月 鹿角市十和田大湯
15年 5月 鹿角市十和田大湯熊取平

 十和利山熊襲撃事件 今後について(2016.6/26)
1 関係したクマ

 ① 第四現場で目撃された150㌢(推定体重100㎏)のクマ,

   第一犠牲者は突然遭遇して被害者の頭頚部を爪で打撃して死に至らしめ、次いで蟠踞から食害。第二から第四までは最初から食害しようと抱きついて鼻先、首を 咬んで窒息させただろう。

 ② 5月26日に男性を襲うも撃退されたクマ。立つと160㌢ほど。
  遭遇者と10数分も対峙したという点、尖がらした竹で突いたら逃げた、逃げ型の攻撃(むだ攻撃)から、他のクマを恐れる3歳ほどか。5月29日に女性 を襲って臀部を咬んだクマは120㌢の3~4歳。2~3歳だと下半身攻撃が多いので、そこより少し高い年齢。
満腹していて攻撃性が低かったと見るむきもあるだろうが、それは秋の話。

 ③ 射殺されたメググマ。これは母子グマだという情報もあるが、公式発表が見られない。こういう重要な判断材料が一貫して出ていない。
 昨秋のドングリ類の豊作で、4歳以上のメグマは、ほとんど出産し、事件発生時3ケ月齢の子グマを連れて、交尾期の危険期に他のクマ(人間をクマと見間違 う習性もある)と接触しないようにしているので5月は反撃性、攻撃性は低く、全被害者を殺害したクマとは思えない。
 ただ第四犠牲者の女性では殺害した可能性はある。過去の食害例では2例の女性の遺体に蟠踞していて射殺されているからだ。そうなると殺害に及んだのは2 頭ということになる。
 子別れ前に、子グマたちだけで人間を襲わせる野生化訓練を、母グマは傍観している例が多数あり、母グマの習性は子グマに伝わるので、今回、メスグマを射 殺したのは将来へ好結果をもたらすだろう。

2 蟠踞グマの射殺、打撃

 戦後期の自治体警察は市町村長に所属し、警官が積極的に拳銃を使用してクマの出没に対応している。この制度が廃止された昭和28年にクマの大出没 (2006年大出没以上)が重なり混乱した。
今世紀でも警官によるイノシシ、クマへの銃撃は多数ある。
 秋田県での蟠踞グマへの対応だが、79年5月阿仁町では警官が2発、発砲、83年6月田沢湖町では樹上のクマを射殺、93年5月由利町では23時と収容 が早く、 07年6月仁賀保町では発砲、逃走し、連続殺人事件にはならずに済んだ。
打撃を与えるだけでクマは「人間は恐ろしい」と学習するのだ。
連続人狩り事故を防ぐには、初期の発生地点で、個別に将来の憂いを潰すことが重要だ。

3 今後に向けて

 今回の事件に係ったクマは何頭だったか、その性別、年齢などを知るために早期に現場に残存している全ての資料を回収するべきだ
例えば被害者に付着したクマの体毛、現場に残存しているクマの体毛、糞に含まれる被害者の衣服の残渣などの、捕殺すべき対象クマを確定する調査だ。
県庁は「クマの事故」と漠然と捉えてきたように見えるが、これは「問題グマ個体による連続殺人事件」なのだ。
警察は、その鑑識能力を発揮すべきだ。それ風に言うと、1件目は業務上過失致死と死体損壊、2~4件目は殺人と第2第3のクマも含めた死体損壊だろう。
これまでクマが、いつ頃、笹原から移動するのか、糞の消失期間と咬合していたが、既に限界点に来ている。

 過去120年ほどの間で「タケノコ採り」とされるクマ事故で最終日時は、負傷は2006年7月9日山形、死亡は1983年6月24日秋田で、以後、どこ かの時点で笹原に突入しなければ将来、この地での重大事故を軽減できなくなる恐れがある。
 もはや行政の調査を待っていられない状況だ。

4 秋以降、来年のタケノコ採り期まで

この秋はドングリ類が凶作になると予想されており、母子グマが多いので事故が多発するだろう。今回の事件に係り、残存した2~3頭は今後、どの地域に出没 するかの予想だが、リンゴ栽培地帯へ移動するのは必定だ。

 ①夜間、物音、犬が鳴いても果樹園を見回りしない。

 ②過去、温泉地での事故は60件ほどある。それは残飯、焼肉、揚げ物に釣られて中心街に侵入したものだ。大湯温泉街は峡谷にある温泉と違い、平坦地に分 布するので、過去の例より安全と想われるが注意が必要だ。

 ③朝夕の犬をつれた散歩は厳禁。犬がクマを及び込み重篤、あるいは追い払 っ軽傷、無傷の両極端がある。

 ④ニワトリ、養豚場を襲ったクマは殺処分する。

 ⑤クマへの過剰対応がなされるだろうから、全体を見て軽微な被害は奥山放獣に努める。

 ⑥鹿角大湯地区でのキノコ採りは危険の最上級。若いクマが下半身にしがみついて離れなくなるぞ。

 ⑦今後も未曾有なことが起こり、我々の提案、助言は役に立たたない。

 ⑧今年中にケリを付けなければ警備陣の負担増が続くだろう。

 警察幹部が「無力感がある」と発言していることは、市民の生命財産を守る立場からの真摯な言葉に胸を打たれた。ご苦労様でした。


 緊急広報活動2(2016.6/21)
クマの凶暴化という言葉について。クマは人を殺して精神に異常を来たして悪魔になったのではなく、 「人を食う」という選択肢を広げただけなので、使いたくない言葉なのですが、事の説明上、入山抑止のため用いています。「味を覚えた」「選択肢になった」 が適当です。
凶暴化は人間側に不利益になった状態をいうのです。
今回の事件は、アバたちの早朝入山も問題だった。
来年は9時からの入山にできたら事故に遭う率は激減するだろう。だけどアバたちは守らないだろうな。
鹿角市が6月26日に行われる「四角岳清掃登山」を中止したのは胸が痛む。
7月初めに私は現地に行くので、私が先頭になってツユ払いをして登山してもいいです、
事前に「クマに負けるな こうして被害を防ごう」の学習会を無料で話をしてもいいです。
鹿角市は再考してくれないでしょうか。
盛んに殺人グマを強調してきた本人が、こう言うのは虫が良くて鹿角市に提案できないのですが。
現地を警備している方々も、事故発生という観点では、もう、少しでクマは夏の静穏期に入ります。
もう一週間、頑張っていただけませんでしょうか。


 緊急広報活動(2016.6/20)
沢山の方々に読んでいただいているようなので、時々は更新することにしました。

秋田県での食害事故である79年5月阿仁町では警官が2発、発砲、83年6月田沢湖町では樹上のクマを射殺、93年5月由利町では23時と収容が早く、 07年6月仁賀保町では発砲、逃走している。

このため、以後、殺害事故は続かなかったのだ。

萱野茂氏らアイヌ民族が教える「人を食ったクマは神に罰せられ人食いを続けさせられる」をクマに携わる者は肝に銘じ、行政は「食害グマ、蟠踞グマは射殺」 に努めなければならない。

スーパーKたちは既に拡散し、食害グマの特定はできない。現場にいる間に決着をつけたかった。

クマは7月、8月は静穏期で次の危険期は9月からだ。十和田湖畔⇒鹿角リンゴ生産地帯が危険になる。

迷ケ平に車中泊している車は注意だ。サイドのガラスは5㌢以上、下げるとクマは簡単に割る。ジムニーへの乗り込み事故が一件、ある。私のジムニーも不在の 時に乗り込まれた。

クマの生活に、かなり肉薄してきたつもりだったが今回、クマどうしの関係は見通せなかった。

ツキノワグマは肉食性は強くはないと前世紀は思っていた。私が収容した100頭を越えるカモシカの死体には一度もクマの食害痕は無かったし、クマがカモシ カを襲うシーンは6回、遭遇したが簡単に逃げ果せていた。

惨敗だった。クマたちは笑っているだろう。「へん!」と。

クマ画像



 事件の考察3(2016.6/18)
現地の地形的原因について

秋田県鹿角八幡平地区と県境を挟んで、青森県、岩手県側のブナ帯には放牧地が散在するが、その多くは自治体経営、農事法人経営の春から秋までの放牧育牛で 一区画が広くオバたちとクマの喧嘩は起こりにくい。

今回の事故が発生した熊取平と田代平では家族経営(一部大規模)の乳牛飼育形態では牛舎飼いで、採草地が付属している。田代平側は事故当時、トラクタで起 耕されて地面が露出しており、足跡を探したが全く見つからず、当時、クマたちは相当、捜索隊、ヘリの騒音に警戒していたようだ。図面(幼児の絵だ)では白 地で表した耕地、牧草地の外周に緑色の笹原が取り巻いている。

手書きの地図
黒丸2点が事故発生地点。この回廊がタケノコの産地だ。人も入り、多くのクマが回廊を往来していたのだ。

現在、タケノコ採り期に国有林への入山規制が検討されているが、大フェンスで囲障でもしない限り、阻止できないだろう。彼らの熱気は中国産品の偽装問題か ら端を発したタケノコの国産回帰、今冬の暖冬でネマガリダケの生産が減じて、これはオバの意見、高騰しており「お上に法あれば 民に策あり」の中国式の思 考をオバたちもとるだろう。昭和50年ころだったか八幡平へ早朝、タケノコ採りに行ったマイクロバスが鎧畑ダムへ、でんぐり返って6人が死亡している。こ れをやると車での入山が難しくなって、仲買人がオバたちをマイクロに積んで、官憲が出張る前に、早朝4時ころからオバたちを山に散布して、夕方18時過ぎ に回収するようになるだろう。何しろ秋田県は有名な、アイスクリーム売りのオバたちを国道に散布して事業を行う土地柄だ。この事業モデルを「ババヘラ」と いい、無明舎主の安倍甲氏が著した「ババヘラの研究」に詳しい。

鵜飼方式で、こき使われるのは八戸ナンバーのオドやアバだ。

早朝4時、夕方18時、考えただけでも恐ろしい。これを東北地方、北陸地方で施行したら、オバたちが革命に立ち上がる。クマをも恐れないオバが官憲を恐れ るわけがない。この件に法規制は馴染まないが、対策は考えなくてはならない。オバたちは先が短いから今を熱く生きているんだ。


 広報を一旦、休止します (2016.6/18)
十和利山熊襲撃事件は、まだ収束していないが、今後、第五犠牲者を出さない方策を考えるために、暫 時、この緊急広報活動を休止します。現地におりながら、せめて第四犠牲者だけでも救えなかったのか、無念だ。
慙愧に堪えない。

 山に篭りクマ観察と並行して、今回の事件を書き上げるつもりです。

 今回、被害を大きくした理由は行政に助言すべきクマ研究者の人身事故に対する無知、行政の一拍、遅れる対策だった。第一犠牲者が食害されていた事実、第 一、第二と連続して死亡事故が続いたら異常事態だと認識できなかった不感症には目を覆う。
 30年前なら県の狩猟担当にOという課長補佐(ハンター)がいて2例目の段階で現地に規制線を敷いただろう。彼は79年5月阿仁町、83年6月田沢湖 町、93年由利町での「重大食害事故」を知っているからだ。
 現在の担当者は現場知らずらしいが、愛護団体標的型だった4年前の「八幡平クマ牧場事件」では能力を発揮して完璧収束させた。
 現在、クマ研究者は3階層世代になっていて①昭和期で引退した人、②昭和期と平成期を見た人→私のように固陋と言われる人。③平成期の人。この世代間で クマの見かたが大きく異なるのが今世紀の混乱の元だ。例えばクマと遭遇し襲われたら昭和の人はナタで闘えと教える。だが②と③は「首をガードして地面に伏 せろ」と言う。
 ツキノワグマによる被害者(狩猟事故は除く)2085人中、昭和40年頃までは山間地の地域に根ざした山中の事故が多く、月別の事故発生数は5月6月と 9月10月の2つのピークのある完全なM字の形になるが、平成期を集計している現代のクマ研究者によるものは秋に極端に多いグラフになる。
それは今世紀に秋の出没が多くなったからだ。
昭和期は悪路を伝って深山に入り、襲われると治療地点まで遠い、搬送が困難となって報道当日に「生命の儀 覚束なく」なり、後日死亡していただろう。
 今、把握しているより倍も死亡が多かったろう。
 そのためにナタでの反撃が求められたが、実際はナタを使用して「死亡、重篤、重体」の多さと「軽傷、無傷」の極端がある。しかも後者は小さいクマを見極 めてナタで殺害していた。
 現代は高度医療、ヘリ等の高速搬送に頼り「首ガード」を用いたほうがよい。「伏せて首ガード」は「死んだ振り」と同義だ。実際、女性は顔を守るため意識 的、無意識に伏せている。

次に秋の出没に「ブナの凶作」が、どう係るかだが③の人は「ブナ主因」を採り、②の人は「ブナ凶作は一因」で、それより「里山が荒廃から立ち上がって奥山 化」し、餌生産量が上がり、クマの生息域の拡大に貢献していると考える。後者の枠に私が尊信する数名の方が入っているので心強い。

今回は入山を抑止したいため、どぎつい用語も連発したが、それは心苦しく、惨めだった。今後、新聞、テレビへの露出は控えるつもりです。


 クマの攻撃時の表情(2016.6/17)
 クマの危険な状態を5段階としたとき、5で私を襲って来た時、クマが叫んだときは1回だけだ。みん な全く無表情に突進してくる。両の掌で地面をするようにして耳を伏せ、鼻先を地に付けるようにして襲ってくる。全部で8回、攻撃された。



1~4の段階には、それぞれ表情というのがある。一種の威嚇だ。写真は顔を歪めたオスグマで、1いう段階だ。距離10㍍で牙を剥かれると怖い。手足を左右 に振らない、眼にカメラを押しつけてシャッターを切る。四股を踏むように四肢を広げて体を上下に揺すり、ごわごわと唸る時は、3だ。4になると、弓なりに 突進して来て両手を揃えて地面を、ばしっと叩いて、くるりと向きを変えて20㍍ほど下がって、葛藤が昂じたみたいにぐるぐると回って、また突進して来て、 地面を叩く。そして小便をちろりと木に、ひっかける。それで緊張が解れるのか去っていく。
  これは攻撃ではなく去って欲しいという威嚇行動だ。この時、木の前後に貼りついて決して動かない。威嚇は3回、受けた。

全事故例の内でクマが絶叫して襲っているらしいのは30例ほどか。多くは突然に襲われている。クマの人間の察知能力も、人間のクマ察知能力も大したことが ない。
足元で寝ているクマを踏みそうになったことがあった。

次回は、ごわごわ、と四股を踏む、3のクマ。4の威嚇クマはさすがに、撮れなかった。


 事件の考察2(2016.6/16)
4人目を襲ったのは射殺されたメスグマとするのは尚早だ。

事故対策会議が公表した「4人目は射殺されたメスグマが殺害」と判断したのはメスグマの胃内はタケノコで充溢し、口に近い上部に人肉様体が見られたことか らだそうだ。
女性が8日に行方不明後、殺害事故を9時と仮定すると、射殺時点で40時間を経過しており、
次の事が考えられる。

① 食害参加型であれば、人肉様体、タケノコ、人肉様体、とサンドイッチになっている場合は食害参加クマ。

② 「腸管内容物は消化が進み、中身は無い」ここが問題。
タケノコを食していれば腸管内には「タケノコ缶詰のように繊維が明らかに残る。糞でもそうだ」
肉質は消化されやすく、検査よっては、この女性を殺害したのも、このメスグマとするのは可能。
ただ150センチの大型獣グマが目撃されているので、かなり否定的に見る。

③ 消化管内に「被害者の衣服片が見られず」は、他のクマが大量食害して、肉部が大きく露出していたからだろう。
地域全体に被害者4人の衣服の破片が混入したクマの糞が散らばっているだろう。
同地でクマに襲われ、先の尖ったササで「クマの顔を突いて」いるので、その傷跡はあるのか。
クマの死体写真を見ての感想。極めて健康個体。疾病グマも予想したが、それはない。
ただ右足、太もも付け根の広範な白斑は、通常見られる「毛の薄さ」とは異なるようにみえる。
それに長い皮膚の盛り上がりも、腱によるものに見えない。


 (2016.6/16)
十和利山熊襲撃事件は未終結。異聞集「100㍍先のクマは襲ってこない」、について。

●男性と兄嫁が襲われて350㍍、走。逃げ切れず男性が反撃、兄嫁が男性の兄に通報、射殺。

●夫婦が100㍍先にクマを発見、じっとしていたら襲われて共に重傷。(事実は報道と異なっていた。)

●父娘が4頭の母子グマに囲まれ2時間対峙、下山、無傷。距離は3キロほどか。

●男性がクマに耳を舐められそうになり恐怖、不動、30分、無傷


 事件の考察(2016.6/15)
 今回の十和利山熊襲撃事件でクマたちが凶暴化したのは、この酪農地が持っている特殊な地形に由来す る。東北のブナ帯では戦前は軍用食糧、戦後は都市部への食糧供給で牧場を建設、肉牛の生産を図った。
ブナ帯を伐採すると笹原になる。普通の笹原(タケノコ産地)であれば広い平面でクマたちは自由に往来でき、タケノコ採りが近寄れば逃げられる。ところが熊 取平、田代平でが笹原に牧場、採草地が広げられ、その周辺が、狭い回廊になった。この時期、クマは笹原に集中している。この地域、約6㌔×6㌔に約10頭 のクマがいると仮定すると、回廊でのクマの通行量は相当、多くなる。クマは身を晒す、開けた牧場を横断することは嫌う。クマは満腹したところで休む。タケ ノコ採りが入る。狭いから、どこかで往来、もしくは休んでいるクマと接触する。第一犠牲者のところで、たんなる負傷事故であれば人狩り事件には発展しな かった。
高齢者は頭を打たれて気絶とか、恐怖で高血圧が昂じて脳溢血とかで気絶し、そこから今まで述べて来たことが始った。第一犠牲者はオスグマに殺害されたが、 顔の食害はメスグマ的印象を持つ。
これまでの死亡事故で遺体に蟠踞して射殺されて、クマが調べられた6頭のうち、2頭がメスで被害者の顔を食害していたからだ。顔を食害が稀、というのはヒ グマも同様で、ツキノワグマでも、この2例で、鹿角の事件はメスグマの存在を窺わせつつ、食害量(一回約5㎏×2回)と片半身の食害からオスグマと判断 し、殺害の主犯は第3犠牲者までは「若いオスグマ」で整合する。
これだけ狭い回廊を複数のクマが往来しているので、その中に射殺されたメスグマがいて、顔を食害したことも問題は無い。第3犠牲者では5日間も収容が遅れ たので、更に多くの食害参加のクマがいただろう。
主犯+メスグマ+その他2頭ぐらい。ここで、この地域でのクマの危険度がぐんとあがった。
この地域でのタケノコ採りは、最終盤で、十和利山斜面に登り、まだあるタケノコを食したご、事故の少ない7月、8月を通過、ドングリ類の凶作年の、この秋 にどうなるか。
青井俊樹教授の「メスグマ主犯射殺」と、米田の「主犯逃亡」とは言葉が違うように見えて、重要な根底で同じ事を言い表わしていて問題はないのだ。そこには 第3被害者から始まった、不思議なクマの生態が隠されているのだ。


 明日、タケノコを採りに行く、三本木のオドと、アバヘ。(2016.6/14)
 クマに襲われねえように、エエごとお教せでやる。八戸街道にあるコメリさ行って、桃の缶詰とドッグ フードの缶詰、それから竹製の、クマ手ば、買ってきんせ。
それから牡丹紅炮20連10束入の爆竹も買ってくる。導火線は、ふにゃっとしたのはダメ、オドのようにバキっと堅いのが良い。桃ば食ったら(犬の餌は食う なよ)、アンチャがら底に写真(明日添付する)のように取っ手ば付けてもらえ。
へで、クマ手をペンキで黒く塗る。
穂波町のオド二人、二丁目のオド二人ど組んで田代さ行ったら、ちゃんと営林署と、お巡りさんへ
「これからへえりやす、ご免なすって」と挨拶して、アバば中心に、オド4人が左右に並ぶ。
アバが左手持った爆竹入れに火を付けた爆竹を入れて、前の方に向ける。
ばんばんとなったら、前さ、一斉に進む。アバは肩にした黒いクマ手で笹原の表面を、わっさわっさと叩きながら進む。2分したら、また爆竹。またクマ手だ。
オドたちは懸命にタケノコを採る。
笹原に入る時間は9時から11時、13時から16時までだ。これは押さえる。
国有林に入ってもエエ。皆の山だ。元とは言えば南部藩の山だ。
これをやっても食われたら吾(わ)ど、クマば許してけれ。吾も少しで、そっちへ行く。
重々、詫びる。
。。。。。。。。。
クマは、他のクマが歩く枯れたササの茎が体重で折れる音に敏感だ。
そこでクマの腕のようなクマ手で笹原を、大げさな動作で叩く。
缶詰缶に取っ手を付けるのは野火を防ぐためだ。アバも、そこを注意しろ。
そこで問題なのはニホンツキノワグマWikipediaにある「夜行性」の問題だ。
私はこれまでツキノワグマは「朝夕動きの昼行性」としてきたが、真夜中はよく寝ている、とも、ま昼もよく寝ていると、併記して公表してきたが、良い言い回 しが見つからなかったからだ。
エゾヒグマWikiのように『昼夜行性、どちらともいえる』、これに変更した方がよい。
ツキノワグマの「母子は2~3年行動を共にする」ところもエゾヒグマWikiのように「1~2年」とした方がよい。年齢の数え方に見解の違いがあるのか。


 事件を受けて対策と広報活動など(2016.6/14)

14日4時40分
私が、このように報告し続ける最終目的は、このような事案を2度と起こさない方法を創造するためだ。
タケノコ採り期が終わったら、来年からのタケノコ採り期用の対策法を考案するため現地の笹原に突入して、クマたちの痕跡、被害者たちの足跡、ここ数十年間 の知られざる行方不明者がいるのではないか、を検証したい。
予定日時  7月10日前後 スーパーKは、そのころ笹原から移動しているだろう。
参加資格  人の営みを助け クマを助けたい人。ただしクマを研究している学生は除く
(現場には入るな、DNA分析とGPSに特化しろと大学院教官に言われ)
対策   イベント保険は掛けるが基本、自己責任。保険加入困難職種というのがあって、潜水夫、漁師、格闘家、スタントマン、猛獣取扱者など。その上、健 康理由も加わり、動脈瘤、高血圧持ちで、クマを追う私は常に保険加入が困難だった。
それで当所のエベント保険加入の件で助成財団と激突、以後、助成互助会のブラックリストに載って助成を受けられなくなった。追って活動詳細を広報する。


 十和利山熊襲撃事件続報(2016.6/14)

 13日午後、第四殺人現場近くの農地を150㌢ほどの大型のクマが移動中が目撃された。
スーパーKが残存の可能性大。射殺されても遺体収容から日時が経って胃内に遺体の一部が残存せず、主犯グマか判別できず。射殺のメスの胃内にはタケノコが 多く、遺体の一部も見つかった。これは参加型食害。
第二犠牲者も食害を受けていた。
 解剖したのは、鹿角市役所。スーパーKが射殺された場合は腸管壁に残る、犠牲者の衣類等の微細な残渣まで精査の必要あり。
これで全体の科学検査は破綻、後世への資料は不満足なものとなった。

広報事項
この発生地域のみラジオ、笛、鈴の使用を禁止。犠牲者たちは使用しても襲われており、かえって呼び寄せる可能性がある。
爆竹しかない。数人の集団で並んで進むと抑止力になる。
次の発生注意日だが、週間天気が不安定で予測が難しい。降雨から逆算すると14日、15日。
明治後期よりだが自然遭遇での死亡事故は、極く稀。食害は、なおさら稀。
タケノコ採りは、間もなく終わるが発生抑止力として、この広報努力は続ける。


 十和利山熊襲撃事件その5(2016.6/13)

 13日3時30分、ホトトギスの鋭い鳴き声が、耳に揉みこまれて目が覚めた。
動脈瘤2回破裂、四回入院、降圧剤の影響で頭に、グリースがネリっと、粘った感覚がある。
屋根打つ驟雨一時、窓外に満る早朝の仄明かりで、森がもやる。
クマが人を襲うと大体、三日後に雨が降る
もう軽トラ、軽自動車が連なっていく。
十和利山の酪農家たちは八戸ナンバーの、オド、アバに優しい。
オドたちも、戊辰戦争で割譲させられた、この地の人たちを彼の地に婿に入った弟だと思っている。だから酪農家たちは幹線道路から農道、作道に入る入口に縄 を張ったり、障害物をおいたりするヤボなことはしない。何箇所か、そういうところもあるが、わざわざ「芝生養生中」「笹原掻きとり取り作業中」とかの表示 をしてあって「あなた達の浸入を阻止しているのではない」と弁解している。
殺人事故は国有林で2件、民有農地の外縁の笹原で2件発生した。
国有林に入るには基本、入林許可がいる。私も何百枚も書いた。
だが80歳近いオドたちに、そんな期間、区域、入林目的を記入する紙ペラは、40年前なら便所の落とし紙に重宝されたぐらいの存在だ。
堅苦し官署である営林署員だって血の通った人間だ、やせ細った足にゲートルを巻き、肉の落ちた肩に布グッズ製のリュックを背負ったアバに、それがあるかと 聞くヤボはできない。
山間地住民は耕作に不適な周囲の山を薪炭林、採草地として共同で利用してきた。
ブナに覆われた八甲田山の国有林で私の父は15歳ころから馬車を曳き、木を切り倒して山ブドウを採集、売って親を助けていた。
たまたま高標高地に広がる笹原は6月、クマと近隣民衆との共有地になる。
クマに襲われて怪我をするかもしれない。
オドが「クマあ、コワエがら駆除してくれ」と官署に願ったという話は聞かない。
かといって公有地、民有地に入り込んだ彼らに後ろめたさなどない。この時期、オドたちとクマたちは同好者なのだ。
今回、オドたちが襲われてクマは結果として駆除されたが、子らはどうか知らないが、死んだオドたちはクマを恨んでいないと私は信じている。
むしろあの世で、並んでタケノコを採っているだろう。
ひと月、頑張って10数万円、孫やひ孫にオモチャっこ、を買って与えて、この先、数か月、
ババ、ジジと喜ばれたら、これに卓る幸せはない。
あの爽快な笑顔を、オドやアバから奪ったら、クマの管理など成り立たない。
私でも恐ろしい、あの笹原に突入して捜索、射殺した猟師の勇気を褒める。
ようするにオドやアバの喜びを奪わず、その上を行く防除法を、我々が創造しなくてならないのだ。
 言い忘れていたが第一犠牲者、第四犠牲者は周囲の腐食土をかけられていた。大量ではなかったそうだ。



 十和利山熊襲撃事件その4(2016.6/12)

 十和田湖の南、青森秋田の県境に聳える十和利山(990m)の裾野に広がる、熊取平と田代平の牧場地帯で、相次いで発生した4件のツキノワグマによる市 民への襲撃、死亡事件を後世に伝えるため私は、この事件を『十和利山熊襲撃事件』と名付けた。
近世日本の動物襲撃史に類を見ない、捜索隊が「白骨死体と見間違った」ほどの大量食害。
実の息子が娘が、我が親と確認でないほど咬みとられた顔の食害。ツキノワグマの保護、管理、観察、研究に携わって来た者として、果たして実相は何だったの か、なにをして、加害グマにこういう悲劇を連続させたのか、私は心血を滾らせて書くつもりだ。
事件は、まだ収束したわけではない。実態の不明な残存個体の捕獲に努めているし、食害に参加したはずの1~2頭のオスと見られる成獣が見極められていな い。
私でも恐れおののく事件と、同時進行するタケノコ採りの群れの笑顔の爽快さを見ると、
民の営みの強烈さに、銀の爪で引き裂かれたような絶壁感に苛まれる。
現地での聴取は続けている。
いわく警察は「無主物による加害は立件捜査はできない」。つまり遺体解剖とか、射殺グマの解剖はできないという意味のようだ。
88年の事件では、それらは残されている。
やはり行われるとの情報が入って来た。
なにを主眼にして、それが行わるのかが問題だが。


 鹿角4件の死亡事故・続報その3(2016.6/12)

 遺体の損傷情報は被害者の尊厳を保ちながら、できるだけ、これまでに使わずにきた
「食害」という言葉を全面的に出してきましたがタケノコ採りには全く「抑止力」には
なりませんでした。昨日11日も多数入山しており、一握り10数本、1000円で売買。
入山者は、皆さん本当に笑顔。疲れ切った米田一彦とは別世界。
少しづつ全体像がつながってきた。
射殺グマは体長130㌢、70㌔と言えば成獣
第四犠牲者の被害部位は頭部、腹部の食害
※(ツキノワグマが腹部、下腹部を好食するといことは無く、あくまで肉部)
最初の加害個体の実像を「加害方法」「損傷部位」「食害量」から推定して「若いオスグマ」と
したが5月の三人の死亡、二人の軽傷者、反撃者までは、これで全体説明が付いたが2点、「事件現場」がタケノコ期の単一食、多数集中としても「狭すぎ る」、「第一犠牲者の稀な顔の食害」
が悩みの種だった。人狩り事故は3度あることは4度あるのは想定内だが、2頭組というのは新時代の想定外だった。
これで顔の食害が納得できる。
半身白骨状態(あくまで伝聞)第3犠牲者の食害量から見て複数のクマが参加したのは推定さ、3~4頭となると拡散のおそれがある。
主犯メスを押しのけて割り込んだ大型オスが可能性がある。
※これまで述べてきたことは全て伝聞を総合したものです。
公文を入手できない立場の米田の限界です。
私が推定した「若いオスグマ」に匹敵するには
① 交尾期のオス、メスの番(番)は強固な結びつきではなく、一時的。これは無し。
② 5月に母から分かれた28ケ齢の兄妹グマの組み合わせ(11日)これにも齟齬が無いが。
③  まだ子別れしていない母子グマ⇒小熊がオスかメスか、これからの捕獲で判明
熟慮した結果、主犯残存ではなく、主犯射殺、2歳コグマ残存
今回のツキノワグマ襲撃事件の主犯、スーパーK(鹿角)は駆除されたと判断した。
残存グマは全力で駆除しなければ、オスのモンスターKが鹿角を震撼させる。
この主犯メスの人狩りクマ化は昨年5月25日の事故が伏線だろう。
 

 鹿角4件の死亡事故・続報その2(2016.6/10)
母子ぐまの駆除について(車中より)
このメスグマは、第四犠牲者の殺人グマではないだろう。
既に第3犠牲者は、この時期のクマ密度から言って複数のクマに食害されたはずだ。

① 射殺まで30時間を経過しており、オスグマを差し置いて遺体の
 傍で長時間、蟠踞はできない。殺人グマではない。

② 次にクマの解剖で留意点。
  殺害から食害を続けたのなら、胃体部から大腸の中間部あたりまで人肉様体が充溢していなければならない。人肉様体とタケノコが、交互であるなら食害参 加グマであろう。

③ 過去、蟠踞グマが射殺されて、メスグマだった例は記憶がない。
よって射殺グマは第3犠牲者で味を覚えた、劣位の母子グマであろう。
解剖所見によっては、殺人メスグマの可能性は否定しない。
すでに食害グマは複数、いるだろうから。
全体的に見て第一から第三被害者までは、若いオスグマによる殺人の線は消えない。
前のアップで、どのようなクマでも蟠踞グマは射殺が必要としたのは、そこにある。


 鹿角3件の死亡事故・続報(2016.6/10)
6月10日朝、鹿角の現場で昨日から行方不明の女性を捜索中、クマに威嚇され、捜索が中断している。
前回の殺人クマであるかどうかに係わらず、襲って来るクマは拳銃を使ってでも射殺すること。
理由は今は述べる暇はない。遠射して半矢は厳禁。
88年事件では捜索のハンターを襲い、1㍍の至近で、射線を避けて頭を傾けたという。
もしクマによる殺人事件でであれば遺体への加害個所を詳細に情報を入手するひつようがある。
その場合は米田は現地に赴き、担当者に捕獲を強く進言するつもりだ。


 通学児童への提案(2016.6/10改 訂)
秋田県の「森と水の郷あきた」を拝見して
過日、偶然、同サイトを開いてしまった。質、構成とも完璧、見事な情報源で感服しました。
八幡平クマ牧場事件を鮮やかに収束させた秋田県の手腕(切れ者がいるらしい)に刮目していたが、
ツキノワグマを資源として捉え、真剣に被害対策を広報していたとは。広島県戸河内町が「クマも町の構成員」「実はクマに 材は町に」のスローガンで栗の木 を植えたのと共通する考え方です。

さて
秋田県は13年ドングリ類が豊作で14年2月に出産が進んで、それが、この5月に出没しました。
今年の秋は出没が予測されますから、今日は小中学生を持つ父兄、先生に通学時の安全で提案です。
秋田市上新城は過去から多被害地です。登下校時にクマに襲われた小中高生は全国で5例しかありません。
 放課後では、ざっと見て40例ほどです。登下校時の事故は少ないのですが父兄は心配でしょう。
①出没が顕著になったら、集団登下校し、ランドセルに鈴をつけましょう。
 リーダー(年長者)は笛も持ちましょう。
 最後尾は危険ですから、次の年長者が付きます。笛も加わると、抑止力が増えます。
 リーダーが笛を吹く場所は通学路上にある暗い林の中を通る時、森が半島状になって耕地や道の張り出した個所だけです。そのような場所はクマが隣の山へ横 断する個所です。
 父兄にお願いです。広島県、島根県では大規模に通学路沿線の法面の伐開、植林地の間伐を行っています。
民家の周辺も刈り払いして明るくしています。伐開幅は数㍍で、クマは明るい所に姿を晒すのは嫌いです。 
この作業はNPO活動で行うことができます。通学路、廃屋にある不要の果樹(特にカキ、クワ、スモモ)は伐採しましょう。


10月になったら、そのような危険個所は諦めて、明るい道を遠回りすることも考えてください。
 車で外回りの父兄が、ちょっと道を変えて、暗い道を車で往来することも効果があります。
小中学生に「クマに遭遇したら、こう対処せえ」と教えても、対応できません。
 普段から通学スタイルに対応を組み込みましょう。
 リーダーに役割を負わせるのは苛酷なのですが、事前の訓練で、たった、ひとつ次のことを守るように
一度、講習しましょう。
 遠くても近くてもクマと遭遇したら①声をださず、②リーダーのところに騒がずに集まる。群れから外れる低学年生がないように。クマはとにかく動くものを 目移りして、攻撃する。
 生徒が塊になっているかぎり抑止力になります。
 
②遠足、登山
 昭和40年に中学2年生が60名が2700㍍山に登山し、下山中、最後尾が襲われた。
 クマは横切ろうとしただけで、押された本人は転んで擦り傷。
 最後尾を横切るのはクマの生態上、意味があります。
 昭和47年、神社のある小山へ登っていた保育園児26名の、真中を横切ったクマが襲った。
 抱き込まれた園児は下顎骨折、奪い返した21歳保母は重傷。
 昭和期以前の登山者のクマ事故は「生命の義、覚束なく」となります。
 多くは晴天日に登山し、クマも活動性が高まっている。治療地点まで負傷者の搬送するのが困難。
危険な行事は中止、という風潮は困りますが。登山は列が長くなって、管理が難しい行事です。
 多くの父兄の協力が必要です。出没年は仁別国民の森とか、大滝山自然公園とか、人が多く、集中している場所が、安全です。


 (2016.6/7)
  全国で「昨年、ブ ナが豊作だったので、5月、クマの出没が増加している」とするコメントは不適。昨年は未曾有のドングリ類の豊作で、この2月、出産が進んでいる。が、母グ マは弱い赤子グマを 守って反撃範囲が限定的で軽傷率が高く、なにより他のクマを恐れて隠れ潜んでいる。
これが6月中旬、ヤマザクラの実が熟れ、小熊が登れるようになる頃、母 グマは反撃に出る。多数の子連れグマの事故は、この先、増加する。


冬眠中のクマ

  写真は3メートルまで近寄って撮影した越冬中の母子グマだ。
猟師が犬を母子グマに、けしかけた例でも穴から出ようとせず、犬の頭 を、かぽっと口に咬み込むと、犬は、ふぎゃーと鳴いて麻酔がかかったように動かなくなった。
30分後、犬を、ぺっと放すと犬は沢を転げ落ちた。結局、母子グマは射 殺されたが、犬は生き残った。なぜクマは犬を殺さなかったのか、クマの生態の不思議がある。



 事故の注意予想等(2016.6/7)
① 注意! 気圧が上昇に転じた。週間天気予報を見ると発生予測は躊躇うが、7日が注意。気圧情報が一日、遅れるので直近の予測は難しい。8日に、がくんと落 ちると危険。次の10日、11日も注意。
 
② 5月末からタケノコ(チシマザサの芽)市場が昨年に比べて高騰しているのは、この暖冬の影響でタケノコの発生量が少なかったのか、クマが早く食いこん で減った、というのは意味があるだろう。


事故の纏め等(2016.6/6)
① 6月に入ってから週間天気 が、はっきりせず、気圧的にも激烈は変化はなさそうで、事故発生の予測がつかないでいる。

② 入山規制が強まり、加害グマ自体、移動した可能性も ある。熊取平の北部、小国牧場、青森県の迷ケ平、小国牧場も要注意地 域だ。加害グマは「人間は狩りがしやすい弱い動物」と認識してしまった。駆除できなったのは禍根を残した。

鹿角3件の死亡事故 現地から報告(2016.6/7追記)
--------------------6/4 追記------------------------

広島から鹿角まで車で18時間、現地で夜の見回りで疲労困憊
HP更新時に重要な事項が抜けていました。
今回の事故の発生原因は報道に述べたように
① 交尾期の興奮の高まり、緊張
② タケノコばかりを食べる単一食と言う、一種の興奮
③ 加味して下記図のように気圧の激烈な長期降下

---------------------------------------------------

私が郷里の十和田市へ帰る沿線で、ツキノワグマにより3件の死亡事故、軽傷事故1件、反撃して無傷だった事故が発生した。
まだ涙も乾ききらない、ご遺族様も読むであろう、この報告を、第4の犠牲者を出さないためと、ご寛容を賜りますように、乞い願うものであります。
私は一心、民の営みに異を唱えず、でやってきました。

マスコミ、十和田市の関係者、地元町民、警備、トラック運転手(夜中、大型車が通行している)などから聴取したものを並べたが違いはあるだろう。
①    被害者の傷の分布、攻撃の仕方から1頭の若いオスグマによる多重事故。
②    第一犠牲者 内臓、顔に欠損あり。顔の食害はヒグマ、ツキノワグマでは稀。
③    第二犠牲者 頭部、手腕の引っかき傷があり出血多量。
④    第三犠牲者 内臓、下腹部、体側、腕の肉部が大量欠損。

現場は2か所に分かれ、直線で2キロほど離れている。人食いグマが複数いるとは考えられず、3~4キロでも問題はない。
熊取平は30年前と同様、酪農業が多く、田代平は酪農から転じて芝生育成、デントコーン畑、
トマトもあるように見えた。
現場を精査できなかったのは規制線が多く、クマ注意の立て看板、民地立ち入り禁止の看板が多く、また外来者の事故を土地所有者が快く思っていない様子が窺 われ、浸入を躊躇したため。
耕作地の林縁が密生した笹原になっており、タケノコが細くチシマザサとは別種のようだ。
耕作地にクマの足跡が見えないことから笹原の回廊を伝って移動しているようだ。
この事件の伏線は昨年5月25日に、同所で女性が襲われた事件と関連しているだろう。
今回、第一被害者を食うため(人狩り)に襲ったのではなく、密生した笹原での突然の接触から攻撃、被害者も足を取られて移動できず、気絶して徐々に出血 し、気絶、クマは遺体の傍に蟠踞し、血の興奮から遂には食害に至った。
ツキノワグマでは初撃で即死はないとみている。死亡事故では
①    頭部への初撃で気絶、除々の出血で絶命。30%ほど
ここはヘルメット着用と複数入山で防げる。
②    80㌢前後の若いクマが後ろから下半身に長時間、しがみ付き、咬み付いて離れず出血から死亡。これが30%ぐらいか。このクマは剥がすのは難しそう。
抱きつかれず、離れてケリをつけること。
こんなクマはザックを振る、空袋を振りまわして大きく見せて威嚇する。
③    成獣による頸動脈断裂 40%ほどか。
同行者がいればだが、現代の高度医療、高速搬送で助かる率は高い。
88年の3人死亡事故では、ごく短時間で食害され、食う意思が強かった。
今回の第一犠牲者は発見、収容まで1日を要したことから、捜索陣に食害を邪魔された形になり第二犠牲者を襲う動機になっただろう。これも食害を邪魔された 形になったろう。
また軽傷者、反撃者もあった。これは第三犠牲者が行方不明後か(現場にいるため時系列が精査できず)
第三犠牲者は発見に5日間を要し、30日に「発見も損傷激しい」との情報から、大量食害が予想された。
発見のきっかけは別のタケノコ採りが、ササが倒れて寝床のように平らな場所にヘルメットと
タケノコが入ったザックを発見し、翌日、近くで遺体が発見されたが、近くにクマがいて呻っていた。捜索陣に邪魔されて威嚇したのだ。
なぜザックとヘルメットを置いてあったのかは、いくつか推定が出ているが、犠牲者が寝ているクマを発見して身軽になるために外した、という考え。
クマは昼日中、ぐっすりと寝ているものだ。
私はクマの寝場所が広かったので犠牲者がザックを降ろして、休んでいたのではないかと思う。
そこへクマが戻ってきたかもしれない。
こういう寝場所は3か所、あったという。
第3犠牲者を捜索する県警のヘリや、マスコミのヘリが上空を飛びまわり、クマが何頭か見えたという。現場には風力発電機が9機あり、ヘリは低空飛行できな かったろう。
密生した笹原では鉄砲の使用は不可能で、ハンターも突入を躊躇い、捜索は進捗しなかった。
これかの危惧する点だが、タケノコ採りは、終盤だが、まだ2週間あるという。
実際、今朝5時には、現場、近くに車が多数入っていた。
これらの堅い信念の人々に教育とか、広報とかは難しい。
なにか新しい方法を考えなくては、これからデントコーンの時期、キノコ採り、隠されてきた十和田湖畔でのクマの被害へと、このクマが関わりはしないか危惧 している。
タケノコ期が終わると、四人目は地元酪農家ではないかという不安が現地に広がっている。
なぜ二人の犠牲の段階で止められなかったのか。これ以上、被害は広がらないという県の甘い判断があったのではないか。秋田県では年間に複数人が死亡した例 はない。
狩猟文化の違いを見た。日本海側は銃で駆除するが、西日本では罠だ。
かの地で精妙な密猟者と渡り合ってきたので、今回の場でも、あの技術があれば選別的に人狩りグマは捕獲できたであろう。
映画『ゴースト&ダークネス』ような強い指導者がいれば後半の悲劇は避けられたろう。
四人目の犠牲者がでたら、県の管理能力が無いとみなされよう。
昭和戦後期まで行われた、ナタでの反撃より、現代の高度医療に頼り、首をガードして地面にうつ伏せになることだ。ナタの届く範囲はクマの爪が届く範囲、戦 いたくないので私はナタを捨てた。人を食おうと襲ってくるツキノワグマは稀だ。

気圧図
気圧が上昇に転じた。週間天気予報を見ると発生予測は躊躇う。(6/7)
気圧変遷

5月15日から6月1日までの事故時の気圧をみると、恐るべき気圧降下状況だ。相対的高気圧時の、ちょと下がりかけた時点が危 険と認識しているので、これ だけ長いため秋田県では事故が続いたと考えられる。
根拠は以前より解説したとおり。一番高いところは19日。20日は最も危険日であった。
上昇に転ずると事故は落ち着くと考えている。
そして次のピーク時と、降下しかかった日が危ない。
① 相対的低気圧時(底)と上昇線に事故の約30%ほど
② 相対的高気圧時と、下りかけた日(今回は20日の事故)に40%の 事故
③ 気圧の下降線に30%、発生している。
 相対的高気圧時時に事故が発生しやすいと考えられる機序は
木下眞二北海道大学医学部名誉教授の「ネコが耳を掻くと明日は雨」
で、教えていただいたもの。先生はヒグマ事故で気圧との関係を見ておら れた。
「動物は下がりつつある気圧の変動を感知し、これが不安としてストレス になり自律神経を介して血圧の上昇を促す」
動物は悪天候になる前に相対的高気圧時に活動性を高める、というもの だ。
つまり悪天候の前に狩りをする、ということだ。
その悪天候とは、5月末、鹿角で何が起こったろうか。
《ひょうの被害、果樹など甚大 鹿角市十和田地区など》
 30日午後に 鹿角市十和田地区を中心に大粒のヒョウが降り、果樹で30ヘクタールを超えるなど、甚大な状況になっている。
木下先生は2年前に、ご逝去され、教えを頂けなくなってしまった。
天と地の間には人智の及ばぬ不思議がある。



 鹿角市大湯での連続死亡事故について(その3) (2016.5/29)
識者のコメントに誤解を与えるも のがあり、注意を喚起したい。
1897年からクマに襲われた数は2085人(狩猟駆除事故多数を除く)だ。
※再犯は有る。※食害はある。※一頭が多数人に加害する。

(1) ツキノワグマによる死亡事故は戦後期だけで今回を含めて48件。これは発見時に既に死亡していたものだけ。4歳児が2人いる。

(2) 食害が有った事故は12件(内、報道の文々から推定が3件)。70年ころまでは新聞に「クマの胃内から足が出た」「咬み取られ」式に報道されてい る。現代の報道では食害は報道されず、危険性が伝わらなくなった。88年に、ある村で3人が連続死亡した事件の警察資料では大量に食害されていた。
 捜索ハンターを襲おうとして1㍍の至近でクマは射殺された。4人目の犠牲者になる可能性があった。胃内容物調査でも食害が確認された。同一個体による狭 い範囲内での再犯だ。

(3) 翌日の捜索時にクマが遺体を守って蟠踞していた例は10件あり、遺体に強い執着がある。内、8件で発砲し射殺、発砲したが逃走。
 クマに抱かれた遺体はクマの毛だらけだった例がある。
 このような蟠踞グマは再犯の可能性があり、鋭意、射殺するべきだ。

(4) 一般の事故でも加害グマは再犯する。
 家畜を食害したクマは再犯している。狭い範囲で数年に渡って事故が続く地域があり、状況から再犯が疑われるが、確証が無いので、今回は挙げない。新潟妙 高、秋田鳥海、福島会津、秋田玉川など事故多発地がある。

(5) 今回の事件と昨年の以下の事故と関連性が疑われる。
 2015年5月25日午前、鹿角市十和田の山中で、タケノコ採りに来ていた60代女性がクマに襲われた。女性が覆いかぶさってきたクマを払いのけると、 クマは逃げ、無傷。現場は熊取牧場から北へ約1キロの山林

(6) 一頭のクマによる多重事故例(全て移動襲撃)
 ●選挙帰りの男性7人が路上で襲われて重軽傷。
  ●新田開発区の民家に侵入、男女10人が重軽傷。
  ●市の中心街で男女7人が重体重軽傷。
  ●町の県道上で幼児1人が死亡、3人重軽傷。
  ●市郊外で幼児4人が重軽傷、成人3人が重軽傷。
  ●市郊外で男女13人が重体、重軽傷。(軽度の半矢個体)
クマは臆病で、経験の無いことに慎重だが、食害によって経験の鎖が切れると再犯する。狭い範囲で連続して事故が発生した場合、遺体に蟠踞したクマがいた場 合は鋭意、除去しなくてはならない。13年5月の福島県でのように捜索中の警官が襲われて二人が重軽傷を負う事態は避けてください。79年5月、秋田で遺 体を食害中のクマに警官が拳銃を2発、発砲している。刑事たちが31発、拳銃を発砲して逃走グマを射殺した例もある。
人命は何より優先される

※米田一彦は31日夕方に鹿角市の殺人現場に到着予定



 鹿角市大湯での連続死亡事故について(その2) (2016.5/28)
(1) 5月 28、29日は事故の発生が予測される。

(2) ササ原に入っての行方不明者の捜索は危険。この地区には20頭以上のクマが集中しているだろう。

(3) 4ケ月齢の子連れの母グマは、子を守るのに懸命で反撃は限定的で現段階では危険ではない。

(4) クマのタケノコ食いは、まだ一カ月近く続くので、鋭意、加害グマの捕殺に努めなければならないが、無差別捕殺は避けるべきだ。檻で捕獲し前足の爪 の中に存在する被害者の遺伝子の有無を判別し、無罪放免と、特定後の殺処分を行うべきだ。高度な捕獲技術が必要で、藤田昌弘氏を実施者に推薦する。

(5) 今後、6月中、秋のキノコ採り期に、今回の加害クマが再犯する可能性は、最初の被害者に食害が有ったかによって決まる。

 クマに襲われた2085人(狩猟事故を除く)の事故からの 考察
  (2016.5/23)
鹿角市十和 田でのクマによる2件の死亡事故について

(1) この2件の事故は同一グマと見て良い。一件目の死亡事故で遺体に食害があれば3件目の死亡事故が発生する可能性が大。

(2) クマのタケノコ(ササの芽)食は、まだ一ヶ月間は続くので林道の通行を規制し、鋭意、鉄檻での捕獲を試みるべきだ。

(3) 昨年秋は未曾有のドングリ類、漿果類の全国的な大豊作で、出産が進んでいる。当歳子連れの母グマは小熊を守ることに懸命で7月までは危険度は高く ない。
ヤマザクラに実が熟す7月末ころ、小熊は木に登れるようになり、反撃が可能となり子連れクマは危険になる。

(4) このクマは相対的高気圧時の傾きかけた時点(21日)で事故を起こしており、数日後に悪天候になる前の行動性の高まりであろう。

(5) 初夏はタケノコの単一食が強く、一種の高揚状態にあり、交尾期の緊張も加わる。


暑ぃ~ (2015.8/12)

 昼寝クマ

 ええ、今日は暑かったんで、下の沢で冷たい水を飲んで、流れに、どっぷりと
浸って15分ほど眠りましたよ。
動きまわるとウシアブが煩いんで、また少し眠るんです。
近くに2年前に分かれた娘がいて、ときどき合うんです。
沢水も、あと数日で枯れるでしょうから、その時は沢を下って
大きな川を泳いでみましょう。

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~共生への理念~

 クマを、この日本から駆逐するのか残すのか。西日本では駆除が進行して危険な状況になってきました。
クマに存在理由を与える必要はありません。私は次の理念により共生すべきものと考えます。
『クマと「自然の森」と「そこに住むあらゆる野生生物の豊かな生態系」は同義語です。即ち、クマを守るためには森全体の保全が必要なので、従って、クマが 守られれば全てが守れるではないか』単なる除去論は21世紀の地球人が目指そうとする野生動物との共存理念に逆行するものです。
欧米人は日本を「公害まみれの工業国」と思っているだろう。イギリスには移入された鹿とアナグマしかいない。仙台、広島、札幌。百万都市にクマがいる国は 日本だけだ。世界に冠たる日本の自然環境を誇るならクマと共存するべきだ。「クマは世界に誇る日本の宝」だと、われわれ日本人だけが、その事に気がついて いないのではないだろうか。クマ(森)との共生という思想は、縄文以来の日本古来の伝統文化、そのものではなかったか。
日本が21世紀、世界に尊敬される国になるためには、クマ、森、自然との共生が全ての出発点・転換点になる。森を殺してクマを殺して、それで日本の素晴ら しい伝統である自然と共生する文化を訴えられるはずがありましょうか。

◆活動履歴◆
1948年 青森県生まれ。秋田大学教育学部卒。
秋田県立鳥獣保護センター奉職後、秋田県生活環境部自然保護課勤務。
1986年以降、ツキノワグマの研究に専念し、1989年広島県にて日本ツキノワグマ研究所を設立。
2001年に特定非営利活動法人認可。
「野生の王国」「宇宙船地球号」など数々のテレビ出演や「クマ追い犬タロ」「ツキノワグマのいる森へ」など多くの著書を出版。
▼リンク▼
アウトバック クマ被害防除資材・アウトドア用品販売

ツキノ ワグマ痕跡写真集

当所に在籍していた藤田昌弘氏のサイト。クマ写真など
 
紀 伊半島ツキノワグマと照葉樹林
吉澤映之 氏のクマ写真集

当所はイオン環境財団より12回の助成を受けて里山 保 全、
中国、モンゴルの調査を行っています。
 


当所では寄付を受け付けております。
よろしくお願いいたします。


 
 
●銀行口座
  広島銀行宮内支店  普通
  口座番号 1683802
  特定非営利活動法人日本ツキノワグマ研究所
  代表 米田一彦(まいた かずひこ)

●郵便振替口座
 01340-2-13473
 特定非営利活動法人日本ツキノワグマ研究所



特定非営利活動法人 日本ツキノワグマ研究所 理事長 米田一彦
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