畳平バスターミナルでのクマ襲撃事故の検証(平成22 3/20 再改定)
 
2009年9月19日に乗鞍岳畳平(標高2702b)で発生したオスグマの襲撃により9人の重軽傷者を負った件につき24日に現地入りして関係者より聴取、周辺を探索し目撃者から寄せられた情報により概略を報告する。
 
 更に3月18日に第四被害者の小笠原芳雄氏と面会し状況を聴取した。
過去、高標高での事故は1963年7月に長野県槍ヶ岳槍平縦走路で学生二人が重軽傷、88年8月に岐阜県上宝村北アルプス縦走路で男性が軽傷、97年8月長野県大町市爺ケ岳で重傷などの例がある。
自然遭遇(狩猟事故を除く)での事故1002例(1213人)中、純然とした登山での事故は14例しかなく、類似する行動に高原部でのタケノコ採り、散策、トレッキング、沢登りなどは多数ある。

2010年3月18日、岐阜県丹生川村旗鉾在住の第三被害者の小笠原芳雄氏より聴取し実名での報告が許可されたので証言に基づき加筆します。
多重事故としては53年10月の富山県魚津市で発生した90分間に13人の男女が重軽傷を負ったが、クマは前日に鉄砲で撃たれており狩猟事故だ。
また同時期、富山県大家庄村で男女6人が重軽傷を負ったが、これも村人がクマ狩の勢子に出動して反撃された狩猟事故の一種だった。
自然遭遇での多重事故では53年9月に福井県勝山町で4人(死者一人、重軽傷3人)、79年10月に秋田県千畑村で5人、01年9月に岩手県花巻市での4人などがある。
いずれも県道、田畑、田園地帯の広い空間で発生している。
 
今回の事故では屋外での模様を目撃した登山客は全国に散ったため情報は少なく、全時系列を目撃した岐阜県環境パトロール員のT氏の証言を中心に構成した。
更に当所に寄せられた登山客からの情報を総合すると次のように進行した。

 また今回の小笠原氏の証言も加味する。
 第一被害者がクマと遭遇する直前、約300b離れた大黒岳西側直下の乗鞍スカイラインの三叉路付近で停まっている松本電鉄のバスにクマが、ぶつかってきた。
これでスカイラインを鶴ゲ池方面へ移動できなくなり魔王岳の東斜面基部をスカイラインに沿うように移動、バスターミナル駐車場でも南下できず魔王岳南斜面基部を移動した。
移動中、登山者が熊に「石を投げた」との情報がある。
畳平バスターミナル駐車場北側の魔王岳の中腹で14時10分過ぎ、登山者の群れを割るようにクマが走り騒ぎ声が上がった。
小笠原氏が入院中に、同病院に入院中の第二被害者より聞いたところに寄ると
第一被害者夫妻は駐車場の店前で手袋をはめてゴミを拾い、奥さんがトイレの水道に行き、第一被害者が登り始めて花をカメラで撮ったところフラッシュが焚かれた。
いきなり第一被害者男性(68)は熊に襲われ逃げたが追いつかれて背中を爪で掻かれ左肩、脇腹に負傷した。
第一被害者を救助すべ周りの人が石を投げつけた。
男性は直ちに妻と共に乗って来たタクシーで上高地に下りて診療所で治療を受けたが全治一ヶ月だった。
(第1被害者である10人目の男性の存在が10月6日の徳島新聞紙上に乗ったのは事故発生から17日目だった。)
第一被害者がクマに襲われているのを発見した第二被害者男性(66)はクマに石を投げ棒杖で追い払おうとして逆に顔を咬まれて重傷、クマと男性は、もみあい階段より斜面を15b、落差約3bを転げ落ちた。
 
熊が同男性に馬乗りになって(同氏は、うつ伏せ)三〜五分経過。
同氏は失明(左右どちらか照会中)、左手脱臼。
近くの山荘経営者の小笠原芳雄氏(59)、同山荘従業員男性(40)、小笠原氏の長男(22)が駆けつけ助けようとクマの注意を逸らそうと大声を出し、手を叩き、素手でクマを打った。
第二被害者に乗っている熊は小笠原氏を見た。
石を投げた従業員男性(40)が転倒すると、熊は第二被害者を離れ、従業員に乗っかり咬み付き、引っ掻き頭部に重傷。
小笠原氏が熊に石を投げつけると、熊は従業員(第三被害者)を離れ小笠原氏を攻撃、逆襲されガードロープを張った支柱に右手を掛けて熊と対面状態になった。
熊は、飛び上がり小笠原氏の肩を抱え込んだ。
左手で熊の右手を押さえると熊の左手のカウンターを食って右頬を引っ掻かれた(百針以上縫合)。
右手を咬まれ8箇所の穴が開いた(牙の穴か)。左手の肘から手首の間を叩かれて骨折し、顔、足にも負傷した。
クマは倒れて、うつ伏せになった小笠原氏(第四被害者)に馬乗りになり執拗に噛み付いた。 
小笠原氏が熊にマウントされている間に第二被害者は自力で逃げた。
長男が助けに近づき熊を蹴り、石を投げたが逆襲され軽傷を負った(第五被害者)。
この時、岐阜県環境パトロール員男性T(28)の運転するトラックが第五被害者と熊との間に割って入った。
この間、近くに停まっていたタクシー、バスがクラクションを鳴らし続け、観光客の罵声が響いた。
第3被害者から第5被害者までの間は約5分間。
岐阜県環境パトロール員男性T(28)が14時20分ころ騒ぎに気づいた。
熊は興奮して毛が逆立っていた。
T氏は生身で向かって行ける相手ではないと思った。
T氏は小型トラックで第3被害者に近寄りクラクションなどで威嚇し続けた。
熊は第3、第4、第5被害者の、いずれにも立ち上がって頭をつかむように組み伏せ、マウント状態で顔面を引っ掻き、咬みつくような動作で3人を次々に重軽傷を負わせた。
 第5被害者のところで、熊は、やっと被害者を放してトラックを攻撃した。
フロント部分に、ぶら下がる状態で、あらゆる所を咬もうとしたり引っ掻いたりした。
 その間に、他の車が現場に乗り入れて重傷者を乗せて近くの施設へ避難させて
応急手当を行った。
  熊はトラックに歯が立たないと感じたのだろうか、次は逃げようとしている
 人を追いかける形で近くのパトロール員詰め所に入っていった。
第2被害者の収容のため接近していた2人を追跡、詰め所に入ったところクマも肩からドアの隙間から室内に入り込んだ。
一人は間一髪、逃げることができたが、もう一人の男性(49)は窓から脱出を図り転落して足を骨折。
この人は自損事故だが間接的にはクマによる被害者である。
クマも脱出を図りドアの金網入りの強化ガラスを割り外に半身を乗り出した。 
T氏は熊を出しては大変とクマを小屋内に閉じ込めようと入り口に小型トラックが張り付け、クマはドアの穴から部屋に戻り、残っていたパトロール員の背中を踏み台にして窓から逃げた。
(当初、観光客の情報によると経営者ら三人が逃げ込んだとも言われた)
(前記、カッコ内は削除)
(追加:人数的に整合性が取れず室内には逃げ込んだのは三人か)

 
 ここまでは屋外での状況で小笠原氏らの勇気が無ければ第二被害者は危険な状況に陥った可能性があった。
被害者が長時間、爪、犬歯の攻撃を受けると重篤化し易いからだ。
T氏の行動もクマを経営者のグループからクマを切り離すのに貢献した。
クマは人の流れを追うように駐車場を横断しバスターミナルに向かった。
ここまで事故発生から、ほぼ20分が経っている。
そのころセンターの従業員たちは救急車の出動を要請し駐車場にいた観光客100名ほどを屋内に誘導していた。
その日、二重の自動ドアは好天で開放されていた。
土産物店従業員男性K(34)は中央出口のシャッターを下ろしにかかった。
松本電鉄の従業員女性(51)は客を避難誘導していていたが、入ろうとした客、数人を追ってクマが内部に飛び込んできた。
一階には客が100人ほどいて騒然となり陳列品、椅子が倒れた。
クマは背を向けていた同女の耳を咬み押し倒した。
Kらは同女を救出すべく消火器を噴射し、容器を振り回して抵抗した。
Kは右腕を咬まれ足も爪で引っ掻かれて軽傷を負った。
熊はターミナルの土産物店へ侵入、同店従業員の女性K(41)も襲われ、同僚の男性G(44)は救助しようとして素手で押さえ込んだ際に怪我をした。
その間にターミナルにいた客らは従業員らの指示で二階へ登り、更に屋根裏部屋(三階部分)へ避難し内側から机などでバリケードを構築した。
一部の客は二階からハシゴ段を伝って外へ避難した。
 熊がターミナルに侵入してから15分ほどで、一階を中央で仕切る格子状の鉄製バリアーを下ろして熊は土産物コーナーに閉じ込められた。
駆けつけた高山猟友会員、4人は沈着に行動し、バリアーの格子の間から店内のルームミラーに写った熊を観察し通路に姿を現した瞬間に約15メートルの距離から三人が一斉射撃をし、他に2発で止めを刺した。
時刻は十七時58分で発生から三時間半、経っていた。
クマは体長130センチ、体重は90キロほど、年齢は4〜5歳と見られている。
熊の毛は茶色が強かったと言われ、もう少し年齢が上かもしれない。
(その後12月11日付け、岐阜大学、信州ツキノワグマ研究会の検査で胃内容物にはハイ  
 マツの球果などが含まれていた、体長136センチ、体重67キロと判明)
ターミナルでの状況を証言したKは「事故発生時、駐車場には100人ぐらいとバスには400人ほどがいた。熊と客が混在している中での対応は困難だった。土産物店に閉じ込められてからは熊は静かになり、途中、大きな糞をした。」と混乱を極めた、この事故を振り返り溜息をついた。
Tは「襲われた人は観光客が2人で、8人は施設の従業員だ。我々は熊のことは、何も知らなかったが客に被害が及ばないように最善を尽くしたつもりだ」と話した。
(この時点で全ての関係者は事故遭遇者が9人だと思っていた)
この事故は数百人の間にクマが突入し、その誰もがクマへの対応の知識が無く、施設側には対応する武器を用意されていない特異な状況だった。
(後記としてはクマへの対応の知識があっても、この場合のような興奮したクマへは対応は  
困難だったろう。また60年間、クマの事故がなかった同地域では施設内に武器の用意を
問うのは難しい)
この事故では被害者を助けようとして自分が襲われ、また他の人が助けに来るという連鎖が重篤者を出さなかった要因だった。
これまで多くの事故を検証し、自ら8回、クマに襲われた経験あるが、今回の事故で被害を受けた人々の勇気には身が震える思いがする。
この事故が発生した最初の原因は、同ターミナルの北側の魔王岳の西斜面を移動して富士見岳方面へ抜けようとしたクマが途中でバス、タクシー、登山客の群れに遭遇して興奮し、前を駐車場に遮られて東に移動しようとして第一被害者、第二被害者と接触して、クマが強く排除に出たためと思われる。

@ 既に人を襲って興奮しているクマに対して遭遇者は「クマに正対して後ずさり」しても意味がありません。多重事故では動いた人が襲われています。

A このクマは当初より高齢と推定され、過去に農作物、人畜に被害を与えた経験は無いとは断定できません。

B このクマは現場に至った経緯は乗鞍スカイライン方面の沢から鞍部になっている大黒岳と魔王岳の沢を南に抜けようとしたがシルバーウイークの初日で登山道への人出、バス、タクシーの往来で横断も後退も困難となりパニクック状態となったものと推定される。

C 第二被害者が棒で熊を叩いたのは第一被害者を救助するための勇気有る行動であった。
  
小笠原芳雄氏は最後に、こう話した。
「襲った熊を恨むことは無いが、今後、この地域で同様の被害が発生しないように対策を皆で考えて行く必要がある」



私は、この教訓から、よりクマの事を知ってもらうために行動を起こさなければならないことを痛感した。

注意点
被害者の証言、目撃者の証言は時間を経るごとに少しづつ変化することがあります。
したがって事故直後の証言を重視してください。
(文中 敬称略)
   NPO日本ツキノワグマ研究所
米田一彦
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