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10代
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20代
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20代
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30代
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大正九年 兵庫県姫路市にて生まれる。 幼くして父を病気(スペイン風邪)で亡くす。 幼年期、倒れてきた燈籠で右手指を骨折(人差し指第一関節から先を失くす) 20代 戦中、徴兵され、海軍で青年期を九州にて過ごす 入隊時に中耳炎で高熱で動きが鈍くなった時、見せしめの100たたきに合い 片耳の鼓膜を損傷し聴力をなくす。 机に模様を彫ったり木彫の小物を作ったり、器用で上官に重宝される。 戦後、木彫の師匠に内弟子に入り、師匠の身の回りの世話をする 結婚後、医師の助手をしながら、家の離れアトリエで木彫をする 人物や神話像など木彫作品を、京都、大阪の美術展に出展 仏像、人物像、動物像など、多い時には一日一体の勢いで彫る。 長女、長男を授かる |
| 34歳 の時、長男を4歳で、病気で亡くす 京都の寺にお骨納めに来て、師匠 佐藤玄々先生と出会う 東京日本橋三越本店の「天女像」(まごころ)11mの制作作業に加わる |
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◆(1960) 昭和35年 40歳 日本美術研究所 創設 |
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◆1986 昭和61年 66歳- |
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(2000) 平成12年12月 80歳 |
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(2002) 平成14年2月27日 |
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(2002) 平成14年10月 82歳
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(2004)平成16年9月9日 84歳
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(2006)平成18年7月3日 86歳
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h17.3 パーキンソン病の症状が現れる
一旦、ほとんど反応しない廃人状態まで陥るが、
治療を開始し、投薬とリハビリにより、劇的に回復
その後、リハビリを兼ねた制作は、十数体に及ぶ
h21 嚥下障害
h21.7 肺炎で入院 10月退院
h21.12 発熱で再入院、89歳
h22.1.2 深夜 心停止 危篤状態から一旦回復する
人工呼吸器を外せる状態まで回復
(2010) h22.11.2 90歳 永眠
◆◆ 追加作業中 ◆◆
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