仏師 長田晴山(ながたせいざん)遺影展 -01
仏師 長田晴山(ながたせいざん)遺影展 ー01
今後の予定

1.遺影展追加
  ↓  
2.遺作展 
  ↓  
3.エピソード

晴山 遺影展ナビ→    入口 1.small 2. 3. 4. 5. 6. 7. (追加予定)
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1)青年期、戦中、戦後 2)天女像 3)常盤工房 4)鳴滝工房 5)山ノ内工房 6)闘病
戦中、
徴兵、海軍で九州へ

戦後、
木彫家の内弟子
医師の助手
制作活動
師匠との出会

妙心寺大心院
にて天女像の
制作に加わる
日本美術研究所 創設

欄間制作(木彫
弥勒菩薩像
葬儀仏像(樹脂仏像
寺院仏像(原形制作
長崎観音18m
金剛華菩薩
京都大仏
大仏師の称号拝受
名古屋大仏
高岡平和観音
山本アトリエ研修

芦別大観音88m
三十三観音
鎮西地蔵寺大観音

展示室
小作品群
睡眠時無呼吸症
パーキンソン病

リハビリ制作
大黒天
↓ 下へ続く ↓  (拡大写真は、次のぺーじより)
 
10代
20代
20代
30代

大正九年 兵庫県姫路市にて生まれる。
幼くして父を病気(スペイン風邪)で亡くす。
幼年期、倒れてきた燈籠
で右手指を骨折(人差し指第一関節から先を失くす)



20代 
戦中、徴兵され、海軍で青年期を九州にて過ごす
入隊時に中耳炎で高熱で動きが鈍くなった時、見せしめの100たたきに合い
耳の鼓膜を損傷し聴力をなくす。
机に模様を彫ったり木彫の小物を作ったり、器用で上官に重宝される。



戦後、木彫の師匠に内弟子に入り、師匠の身の回りの世話をする
結婚後、医師の助手をしながら、家の離れアトリエで木彫をする
人物や神話像など木彫作品を、京都、大阪の美術展に出展
仏像、人物像
、動物像など、多い時には一日一体の勢いで彫る。
長女、長男を授かる



34歳 の時、長男を4歳で、病気で亡くす
京都の寺にお骨納めに来て、師匠 佐藤玄々先生と出会う
東京日本橋三越本店の
「天女像(まごころ)11mの制作作業に加わる



妙心寺 大心院にて

1,2)拡大写真へ

制作途中の天女像


 次女、次男を授かる
欄間などの彫刻を手がける。



■ 3)常盤工房 の時代
◆(1960) 昭和35年 40歳 日本美術研究所 創設

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3)拡大写真へ




■ 4)鳴滝工房 の時代
◆1967 昭和42年(47歳-

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4)拡大写真へ



■ 5)山ノ内工房 の時代
◆1986 昭和61年 66歳-

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1996 平成8年 展示室 開始




(2000) 平成12年12月 80歳
(2001) 平成13年1月


(2002) 平成14年2月27日


(2002) 平成14年10月 82歳
(2004)平成16年9月9日 84歳
(2006)平成18年7月3日 86歳

h15.3-睡眠時無呼吸症の治療開始

h17.3 パーキンソン病の症状が現れる
一旦、ほとんど反応しない廃人状態まで陥るが、
治療を開始し、投薬とリハビリにより、劇的に回復
その後、リハビリを兼ねた制作は、十数体に及ぶ


h21 嚥下障害
h21.7 肺炎で入院 10月退院
h21.12 発熱で再入院、89歳

h22.1.2 深夜 心停止 危篤状態から一旦回復する
人工呼吸器を外せる状態まで回復

(2010)  h22.11.2 90歳 永眠



◆◆ 追加作業中 ◆◆

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